映画>ドラえもん、ロイド、チャップリン

夜、ドラえもんを見せろと子供が乱入してきたため、『ドラえもんーのび太のねじ巻き都市冒険記』(1997)を、娘2号、3号とともに観る。
22世紀の大売出しのハズレくじの賞品だった小惑星が、実は「種をまく者(神?)」によって植物の楽園となった世界であり、そこに「命のねじ」によって生命を吹き込まれたぬいぐるみたちが社会を作り、環境との共生をめざしながら進化を遂げていく。というような世界観。なかなか面白くて、最後まできっちり観てしまった。
2本目、『ロイドの要心無用』(サム・テイラー監督/1923)。ハロルド・ロイドの映画をきちんと観るのは初めてだったけど、チャップリンのような社会性やメッセージはなく(そこがいいのだが)、キートンのような孤高の無表情というものでもなく、都会のソフィスティケートされた若者が、とんでもないアクションをがんがん展開する、という感じ。
スタントマンや特撮なしで、12階建てのビルを素手でがんがん上る。上りながらひたすらボケをかます。ハトに襲われる。大時計の針にぶらさがる。命がけの芸、命がけの笑い。観る方は、なんでそこまでやるのさと驚きながら、笑うことで彼に応えるしかない。こんな役者、みたことない。すごい映画。
3本目、『モダンタイムス』(チャールズ・チャップリン監督/1936)。深夜0時をまわってから娘1号と観た。あまりにも有名な作品なので、詳細は書かないけれど、すでに時代はトーキーなのに、チャップリンはこの作品をサイレントとして撮った。作中、唯一声を出すのはダンスシーンで歌を歌うところだけれど、何語なのかわからない。つまり彼は筋金入りのパントマイマーだってことなんだろう。
大恐慌時代の失業者と、懸命に働きながらも、職探しの最中だった父親が路上で殺されたために浮浪罪で追われる少女が主人公。当時、両親のない子供は、施設に入らなくてはならず、そうしなければ浮浪罪に問われていたこと。共産党員は逮捕されたことなどを知る。
映画的に気づいたのは、シーン割りの大胆さ。サイレントだからなのか、シーンチェンジのための説明や言葉抜きで、もう躊躇なくどんどん変わっていく。そのテンポがとても心地よかった。