映画>P.O.Cワールド・エンド
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『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(ゴア・ヴァービンスキー監督/2007)。
シネコンの巨大スクリーンで観た。客席数399、スクリーンはH 7.5m×W 17.5m、音響はドルビーSRD-EX。そして映画がこれであるから、とりあえず現段階でぼくが観ることができる、最新の視聴環境ということになる。
わが家のスクリーン(壁だけど)は、H 1.2m× W 2.6mくらいだから、面積比で42倍。劇場の空間比では、数百倍以上の差になるから、うちもそこそこ「大きく見える」だろうと考えるのは大間違いで、こりゃもう、圧倒的なちがいがある。32インチのテレビを1mで観ても、テレビはテレビなのだ。
画質はどうかというと、けっこう液晶プロジェクターも健闘して、そんなに絶望的な差は感じない。それよりも何しろ、あの大きさだ。子供用のプールくらいはある。やはり大きいことはいいことだ。
音響は、センター定位の台詞などが、三次元的に定位する。縦・横とも、ほぼ中央で観たのだが、スクリーンの手前というよりも、すぐ目の前の空間に定位していた。サラウンドは、高さを生かした音響設計が随所にあった。劇場の設備をもとに音響を考えてあるのだとしたら(そうなんだろうけど)、やはりリアスピーカーは、高さがあった方がいいのかなとも思う。
音質は、どわーっと鳴り、ぴたりと鳴りやむ。意外に制動が効いている。特に、こういうアクションものは超低音がしょっちゅう鳴っているわけだけど、音というよりも、どおおおおお、とか、うおおおおお、とかの地響きみたいなもの。こういう帯域を、制動よく鳴らすのは普通のスピーカーでは無理。スーパースワンでは、そのミニチュア版くらいのところまではなんとかいく。もっとも音量の問題もある。
FE208ESを組んだネッシーⅢをフロントに、センターは同ユニットによるD58、リアはFE108ESⅡによるネッシーmini もしくはFE168ESによるネッシーJr。さらに20センチウーハーを複数使うスーパーウーハーを追加するという、長岡鉄男式システムをうまく駆動すれば、音的には「勝てる」ところまでいくと思う。空間の大きさによるスケール感はどうしようもないけれど。
さて、この映画。主人公のジャック・スパロウは前作でクラーケンにやられて、あの世に行ってしまっているので、登場シーンは前二作よりも少ない。むしろ復活したバルボッサが、いい味を出していた。ジョニー・ディップはちょいとお年を召されたような印象も。
もともとが、ファンタジーというかイリュージョンの世界ではあるのだけど、ディア・ダルマが魔の女神カリプソとなって巨大化し、そいつがカニとなってばらけて爆発したりとか、「おいおい、ラリッてんじゃねえのか」てなシーンもあり、真面目な人は「で、結局カリプソって何だったの。どういう必然性があって出てきたの」とか言いたくもなるだろうけど、そういうのはどうでもいいのだ、シーンが面白ければそれでいいのだ、という人の方が、この映画は楽しめると思う。うちのオクサンは大変楽しんでいた。
結局、デイビィ・ジョーンズは瀕死のウィル・ターナーに殺され、それによって死を免れたターナーがフライング・ダッチマン号の船長となって父親の呪いを解くわけだけど、ベケットの死に方があっさりしすぎたこともあるので、ここはひとつ、ベケットが「間違って」デイビィ・ジョーンズの心臓を何かで刺してしまって、「あわわわ」となってダッチマン号とともに海底に潜っていくとか、そういうラストだったことに、自分の中ではしておきたい。
そうでないと、エリザベスは10歳ずつ年の離れた子供を産まなくちゃならないからね。
ひとつ困ったのは、拷問のように長いエンドロール。最近の流行りかしらないけど、あの冗長で耐えがたいエンドロールの後に、何かシーンを挿入するようなことはやめてほしい。せっかく面白い映画だったのに、余韻を楽しむどころか苦痛に近かった。
追記:
「ジャックのお父さん、誰だったっけ。どうも気になる」とオクサンが言っていたのだが、ストーンズのキース・リチャーズでした。「ジャック・スパロウ」の動きや言葉は、もともとキースをモデルにしてるということ。あの歩き方、真似てみたいと思う人は多かろうかと。