2011年7月 4日

リードギターを弾けないこと

私、今のところというか、いまだにというべきか、リードギターが弾けないわけであります。

ギターをあまりやらない方は、リードギターでなければサイドギター、という風に思し召しかもしれませんが、そのサイドギターもうまく弾けません。それ以前に、アコースティックギターとエレキギターの間には、もうまったく別の楽器だと考えた方が早いほど、深くて暗い川が流れております。

同じように弦が6本あって、同じようにフレットが切ってあって、音程も同じなのですが、奏法も楽曲も歴史も文化も、指の役割も、簡単にいうと「何をやるのか」ということが、全然異なっている。だから、アコースティックをうまく弾けるからといって、エレキギターもうまく弾けるということはないわけで、両方弾ける人は、二つの異なる楽器と音楽を覚えたといった方が正しいような気がします。

音楽には国境がない、音楽のジャンルを云々するのは愚かなこと、なんていうのは聴く側としてはそれでいいのですが、演奏しようとすると、そういうわけにはいきません。ぶっちゃけ、ロックは誕生の瞬間から、アメリカの黒人の音感やニュアンスをベースにしてきているので、クラシックやフォークだけやっていたのでは、いざ、演奏してみれといわれると、何がなんだかわかりましぇんというのが普通だろうと思います。ピンクフロイドのデイブ・ギルモアですら「自分はブルースをやっているつもりだ」といっているくらいですから。

高校の頃、ポール・サイモンのちょっとややこしそうな曲をちゃらちゃら弾いていた時に、文化祭でディープ・パープルをやるぞという話に巻き込まれて、無理やり、ストラトを持たされたことがありました。次の練習までに、とりあえず覚えてきてねと渡されたのは、「ハイウェイスター」のコピー譜で、まあ、これは1月も練習すれば、(大多数の)ロックを聴いてない同級生くらいはダマせるかなと思っていたわけです。あの頃は、今よりももっと無茶な性格ではありましたが、覚えも早かったのですね。

ところが、いつのまにか「ボーカルもお前だからな」という話になっておりました。いくらなんでも、クラシックをちょっと→フォークをなんとなく→ポール・サイモンいいなあというような少年に、イアン・ギランとリッチー・ブラックモアを同時にやれというのは無理な話で、私はそのまま姿をくらましたのでありました。後にこの行為をバンドマン用語で『ゲルニ』ということを知りましたが、致し方ないことであったと今でも思います。

今、BS12chで「ギター・ストーリーズ」という番組を再放送していて、今日は元四人囃子の森園勝敏さんでした。当時、プログレ少年でもありましたので、四人囃子のことは知っていましたが、あの時代、日本のロックに大衝撃を与えた彼らが、20歳かそこらだったことは今日、初めて知りました。

四人囃子「一触即発(1974)」http://www.nicovideo.jp/watch/sm2705372

森園氏は、高校時代のある時期に、オープンリールに録音した楽曲を半速で回して徹底的にコピーしまくった半年間があり、「結局、その半年間に覚えたもので、今まで生き延びてきたんですよねえ」などと語っていました。私には、その半年間がなかったのですね。

いや、あるにはあったのですが、もっと別のことに費やされてきたのだと思います。仕事でも、あの半年間だか1年間だかの熱中の遺産で、だいぶご飯を食べてきたなあというのは、多くの人にあるのでしょう。

15歳の頃にギターを持って、最初ちょっとだけクラシックをやりました。そのタタリで、楽譜があればなんとかなるけど、楽譜がないと、なんともならないという体質だか習慣だかが身についてしまったのだろうなと認めなくてはならない、そんなシーンが今でもけっこうあります。

しかし、ほんとはそうではないこともわかっているわけです。要はエレキを持ったことがない。お手本になる曲は、やはりロックやブルースの方にたくさんあって、なんでもいいから惚れた曲に出会っていれば、とっくにエレキギターが弾けるようになっているのでしょう。さすがにデイブ・ギルモアやジェリー・リードではお手本になりませんでした。

それにしても、今日の森園勝敏はかっこよかった。ギターを弾けるというのは、ああいうことなんだろうなあというくらい、そのギターは歌っておりました。

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