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フォステクスが突如としてリリースしたFE103En-S(限定800本)は、90年代に長岡鉄男設計のバックロードホーン、とりわけスーパースワンを作った人たちにとっては、まさに天恵となるべきユニットである。はずだ。と、多くの人が信じている。

どのように天恵であるかというと、スーパースワン開発のきっかけとなった超強力ユニットFE108Sが発売されたのが1992年。その後、6N-FE108S、FE108ESときて、最後の直系ユニットFE108ES2が発売されたのが2000年頃だったから、つまり、「スーパースワンに交換可能な最新型ユニット」が、10年も前のやつだったのだ。しかも、生産はそれぞれ数百台というものだったので、発売時期を逃してしまうとなかなか入手が困難だった。

昨年、MG100HR-Sというものが、バックロードホーンに使えるという触れ込みで登場したのだが(限定700台)、なるほどマグネットは強力そうだけれど、Mo(振動系質量)が5.4gと大きく、こいつはむしろバスレフ向きなんではないかと、少なくともスーパースワンにはどうなんだろうと、私を含めて日本中で1500人くらいが小首をかしげたはずである。実際、これをスーパースワンに入れてみたところ、美音は美音であるけれど、非力の感は否めないようだった。しかもこいつは、1本29925円もしやがったのだ。

もはやスーパースワン使いは、手持ちのFE108S系ユニットが寿命を迎えるのとともに、風吹きすさぶ荒野に、牛の骨とともに倒れて朽ちるしかないと思われていたところに、こりゃもう、どうみたってFE108Sの直系でしょうというような、シンプルなフレームとコーンをもつFE103En-Sが、突如として登場したわけである。

現用の6N-FE108Sと比較すると、エッジが波打っているのと、フレームにネジ穴が8つついているのと、振動板がESコーンに変って白っぽくなっているのと、センターキャップに黒い縁取りがあるのがちがうくらいで、そのたたずまいは、ファミリーというよりも双子というくらい、よく似ている。

で、こいつがどんな音なのか、スーパースワンに片チャンネルだけつけてみた。

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曲は、アート・ペッパーの「Meets The Rythm Section」から「You’d Be So Nice To Come Home To」。これをモノラル再生して、片チャンずつ聴き比べようという作戦だ。新ユニットの方は、買ったまんまなのでエージングゼロの状態である。

試聴。

エージングゼロのフォステクスユニットを聴く時は、ある覚悟というか、想定している音があるものなのだが、ESコーンに変ってから、それは基本的に裏切られる。紙コーン時代の、カンカン、キンキン、カサカサした印象はほとんどなくて、いきなりまともな音がする。

私は実はESコーンの音にあまりいい印象がなくて、どうも紙のコーンとは別の意味での付帯音がつきまとう感じがすることが多いのだが、これはそういう「ESくささ」がほとんど感じられない。いつも聴いているスーパースワンの音と、よく似ている。

旧ユニット(6N-FE108S)に切替えると、さすがにこちらの方が高域は澄みわたり、ダイナミックレンジが豊かで、低域は押し出しがある。つまり、FE103En-Sの方が、中高域が少しつまり、そのためダイナミックレンジがもの足りず、低域は少し柔らかめ。ということになるのだが、その差は大きくない。

というか、新品のまっさらなユニットなのに、まともに音楽が聴けてしまう。これがいいことなのか、悪いことなのか、よくわからない。世間で紙くさいと評判の昔のフォステクスユニットが、いざエージングが進んだ時の、それをちゃんとしたアンプで鳴らした時の、自然な艶とか透明感、瞬発力というものが、ESコーンに訪れるのかどうかは、経験がないのでわからない。

ただ、今のところ、新旧ユニットの差は意外なほどに少ない。あとはエージングでどこまで6N-108Sに迫れるのか、あるいはそれを上回る美点を持ちえるのか、期待と不安のうちに、しばらく経過をみるしかないわけである。ただ、素性はかなり良さそうだな、と感じている。

ひとつ面白い体験をした。FE103En-Sは、右側のスピーカーからモノラルで鳴らしたのだが、ドラムの低い方とベースは、センターからやや左側に定位する。サックスは右寄りではあるけれど、ぐっと手前の方に一歩出てきたところに定位する。低域に方向性がないとはよくいわれることだけれど、それほどの超低域というわけでもない。それがなぜ左寄りに定位するのか、よくわからない。

そしてこの定位の違和感は、左にセットしてある6N-FE108Sより、右のFE103En-Sの方が強く現われた。これが何を意味するのかも、よくわからない。オーディオは、時々、こういうオカルトのようなことが起こる。