2009年10月 2日

モアイへの道(1)

長岡鉄男師が設計したスピーカーシステムに、SS-66「モアイ」というものがある。たしか、96年頃の『ステレオ』誌で、フルーティストの加藤元章氏の、相当、無理難題といえるリクエストに応じて設計した3ウェイのモニタースピーカーだ。

長岡師の3ウェイというのは、作例がないこともないのだが、何しろ自作で使えるスコーカーにろくなものがないこともあり、どちらかというとPAユースの、「直径1mのフライパンで頭を殴られるような」スピード感や押し出しの良さ、あるいはローコストでもこれだけできる、といったものをめざしたものが多かったように思う。

これは、珍しくピュアオーディオの3ウェイである。それも相当、本格的なモニターとして使えることを目標にしている。今、本棚を探してみたら当時の雑誌(「ステレオ」96年4月号)があったので、加藤氏が出してきた要求を抜き出してみる。

●方舟(48畳ある長岡師のリスニングルーム、全国のファンの憧れの場だった)の音質が、そのままほしい。
●(運搬性を考えて)小型モニター+サブウーファーという形でいきたい。
●メインは14cm~16cmフルレンジ+ホーントゥイーターで。
●フルートの音域にクロスオーバーを持たない。
●f特は40hzから25khzまでフラット。
●低域は(ホーンや共鳴管ではなく)振動板の振動で再生したい。
●メインの外寸は200mm x 300mm x 450mmを基本。
●メインだけでもモニター使用可能。

つまり加藤氏は、自分の演奏を録音する時に、現場に持ち込む最上のモニタースピーカーがほしかったわけなのだが、おそらく、長岡師数十年のキャリアの中で、ここまで図々しいリクエストをしたのは、この人が最初であり、その後もいないこととと思われる。「できるわけないじゃん」というのが、当たり前の反応であって、この企画自体もボツになるのが当然だったとも思われる。

大体、方舟のシステムはオール共鳴管で、しかも高さ3mのネッシーを主体としたものであって、音質もいわゆる録音モニターのものではなさそうだ。どちらかというと、圧倒的ど迫力と圧倒的スピード感で、しかも繊細な入力にも反応し、聴く人をひれ伏させるようなものではなかったかと想像する。

それを小型モニターで、しかもウーファーの直接音でなんとかして。というのは、いくらなんでも虫が良すぎるというか、人として育ちが良すぎるのではないか。ワタシら苦労人は、常に相手のことをオモンパカるように出来ているので、とてもこういうことはいえない。

だが、しかし、ものは言ってみるものである。長岡師もこういう無茶なリクエストに燃えたのだろう、見事にその解を出してきた。それが、SS-66モアイだった。

基本は、フルレンジのFE168Σである。このユニットは中域の質が非常に良くて、高域も20KHZまできれいに伸びているので、通常はツィーターは不要なのだが、コンデンサーを1個だけかまして、スーパーツィーターFT96Hを持ってきた。

つまり、2ウエイというよりも、フルレンジ+スーパーツィーターの、最近の言い方をすれば1.5ウェイということになる。ネットワークが最小限のものだから、音質劣化の心配もない。

ただし、このメイン部だけでは相当なハイ上がりになることは、作る前から十分に想定できた。FE168Σというのは、質感は高いのだが、使い勝手からいうとかなり中途半端なユニットで、普通のバスレフ箱に入れると低音が足りなくなる。かといってバックロードに使うと、今度は駆動力が足りなくて、低音がゆるゆるになる。

これをまともに使おうという作例が長岡師にあって、友人のトヤマ氏(宮崎びびの会メンバーで水産行政のプロ)のシステムとして、旧家村で合宿しつつ一緒に作ったことがある。BS-168「ノヴァ」である。45リットルくらいの箱を、全面30mmの板厚で固め、異常なほどでかいバスレフポートが開けてある。このくらいしないと、使いこなせないユニットなのだ。

で、モアイは、別にFW168というウーファーを2発、水平対向に設置したウーファーボックスを作り、その箱の上に、メイン部を載せるという、バスレフの二段重ねになっている。

しかし、ここからが常人の発想を超えているのだが、インピーダンス4ΩのFW168をパラで接続して、見かけ上の能率を2倍にする。それをさらにパラでメイン部と接続することで、メイン部に対するウーファー部の見かけ上の能率は4倍にも達する。

つまり、アッテネーターをフルレンジにかますわけにはいかないから(当然、音質に影響する)、ウーファーの方の見かけ上の能率を上げることによって、レベルを合わせてしまおうという荒技である。しかし、この時点で、トータルのインピーダンスは1.6Ωだ。そんなスピーカー、世の中にあるのか。アンプは火を吹いて倒れるのではないか。

それが、最近のアンプは良く出来ていて、案外、大丈夫なようなのだった。実際、ネットで調べた範囲では、この猛烈な低インピーダンスでアンプが壊れたという話は聞かない。

かくて、長岡師にとっても希代の名システム誕生となり、近年になって行われた「歴代長岡スピーカー人気投票」においても、堂々第3位に位置している。500本からある作例のうちの3位であるから、相当な人がこれを作り、その音にたまげたのだろうと思われる。

以下、(2)に続く。

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