2008年1月25日

小三治を聞くこと

池袋演芸場二之席の、昼間のトリは柳家小三治。並んで、喬太郎の名も出ている。こりゃもうどうしたって行かなきゃでしょうということで、こないだの上京の時に、寒い中を池袋まで出ていった。

池袋演芸場には不思議な因果があって、過去に二回出かけて、二回とも木戸の前まで行きながらよしてしまった。どうもフが悪いというのか、切符売り場のおねえさんと目線を交わす距離まで迫りながら、ふいとよして、また駅に戻って電車に乗ってしまう。

今度は、立ち見と札が出ていたけれど、かまわずに3000円也の切符を買って、地下二階にずんずん下りていく。満席で100人くらいと狭い席なので、立ち見といっても立つ場所がないくらいに狭い。入り口のドアを入ると目隠しの仕切があるのだが、その高座側の壁際。客席というよりも、ほとんど袖に近い視線で、演者を真横から見るような位置だったけれど、入ったもんはしょうがない。

それにしたって、ごめんなさいごめんなさいといいながら、人にちょっとずつよけてもらって、ようやくもらった場所なのだ。落語ブームだからかどうなのか、何しろこの席は初めてなので、ぼくにはわからない。

入ったとこが、馬楽の「子ほめ」の終盤。客の食いつきは悪くなく、馬楽も熱演ではあるけれど、まあ普通の「子ほめ」。「どう見てもタダだ」でサゲて、すぐに仲入り。人がわいわい、ドアの脇にいるぼくの周りを横になったりナナメになったり、時にぶつかったりしながら通り過ぎて、10分後に喬太郎が出てきた。

この人については思い入れもあり、もう生喬太郎を見られただけで噺も聞かずに帰っていいのだけど、とにかく生喬太郎を真横から見る。「擬宝珠」。例の「擬宝珠がなめたい」と、ほとんど聞こえない声で若旦那が言い、熊公が「煮干しが食べたい?」と聞き返す場で、「小三治を早く出せ?」客がウケると、「ウケるだけならまだしも拍手まで...。やっぱりこの百人は...」。こういう客のいじり方は、ちょっと危険ではあるけれど、喬太郎くらいしかやらないしやれないだろうから...。

次に、志ん輔、小燕枝と続くのだけど、喬太郎がサゲた後、小さな薄暗いロビーに出て、一人でソファに座り込んで缶コーヒーを飲みながら、壁一枚向こうの高座を映す小さなモニターを眺める。われながら嫌な客だ。

そこへ、エレベーターのドアが開いて、ものすごく不機嫌そうな顔をした小三治が出てきた。ぼくの部屋くらいしかない小さなロビーであるからして、出てきたと思ったら、さっさと目の前を通り過ぎ、楽屋に続くドア(の向こうには蛍光灯が光っていて、流しだのヤカンだのが見える)に入っていった。

さて、小三治。マクラが30分、本編20分。という尺はなんとなく覚えているのだけど、何の噺だったのか、まったく覚えていない。ただ、ぼけーっと眺めていたのだった。

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