さらば、松茸
中学生の頃、仲間3人と「MPC●マツタケ・ペンクラブ」というものを結成して、それぞれが何事かを熱にうなされたようにして書き続けたことがあった。
ほとんど、とりいかずよしの「MK(マタンキ!)」のノリなのであるが、とにかくわがMPCはそこそこに活動を行い、ある者は詩を書きまくり、ある者は日記なんだかエッセイなんだかわからないけど、とにかく書きまくり、ある者はラブレターを書きまくり、ぼくは深夜放送への葉書を書きまくっていた。
思えばあの頃、セイ!ヤングだのNHKの「若いこだま」だのに(懐かしいのう)、わが葉書が何度か読まれたことが、その後のぼくの道筋を決めたような気もしないでもない。
それとは関係ないのだが、ずっと松茸を使っていた。知らない人のために若干の昔話をするわけだが、その昔、MS-DOS上で動くワープロソフトには「一太郎」と「松」の二大勢力があり、やはり多機能な一太郎が優勢ではあったけれど、松もなかなか健闘していた。
松茸というのは、その松に付属していたIMEである。松についているから、松茸。当時は、FEP(フェップと発音する。フロント・エンド・プロセッサのことだそうだが、何のことだかわからない)といっていた。
一太郎についてくるFEPは、ご存知ATOKである。これはAI自動変換とかの技術を、しゃかりきになって開発し続け、「貴社の記者が汽車で帰社した」などという、ほとんど日本語にもなんにもなっていない文章を、あやまたず変換したりするのが売りであった。
松茸は、そういうことは一切しなかった。ATOK的な変換を賢いとするならば、松茸はあほであった。だが、松茸のいいところは、あほなりに素直なところで、ユーザーがよく使う単語は覚えておいて、とにかく真っ先にそれを出してくる。学習能力というよりも、あほのひとつ覚えのようにして出してくるので、結果として変換が速く、ストレスが少ないということになった。
また、辞書のカスタマイズ機能が、当時としては非常に強力であり、たとえば自分が過去1年間に使わなかった言葉はすべて削除して、変換のヒット率を高める、などという荒業もあり、こういう人の辞書を使うと、漢字がなんにも出てこない、ということも起こったのだ。
ワープロとして比較しても、多機能を追うあまりページスクロールすらままならない一太郎に比べて、松はエディタなみに軽快に動いてくれた。そんなこともあって、プロのもの書きをはじめ、パワーユーザーたちに(ひとつには一太郎へのアンチテーゼとして)、熱く支持されていたのだった。
一太郎は3までは、それなりに普通のワープロだったのが、4の登場時には、世間はひっくり返ったものである。メモリが1メガあたり1~2万円していた時代に、4メガ増設しないと、ろくに動いてくれないプログラムをリリースするというのは、いい度胸である。CPUが80286の16メガで、そこそこ速いと感じていた頃の話。
それでも、あっという間に時代(マシン)が追いついてきたのだから、先を見る目とか、ものを売る感覚としてジャストシステムの勝ちだったのだろう。松の管理工学研究所(通称K3)は、一太郎4の登場を境に敗色濃厚となり、松のWindows版すら出すことができず、DOSの時代の終焉とともに尻すぼみになってしまったのは、惜しいことである。
そんなわけで、原稿を書いたり推敲をしたりするのが仕事であるぼくは、当然松派であり、自動的に松茸派だったわけだが、松のWindows版は出なくても、松茸だけはなんとかWindows版がリリースされ、それをずっと使っていた。Windowsのタスクバーに緑色のキノコが出ているのを見ると、たいていの人は、「?」であり、知っている人は爆笑するか涙ぐむか、どちらかだ。こんなFEP、松茸以外にはない。
手になじんだ松茸は、もう手放せなくなる。長文を一気に変換するのではなく、一語一語切りながら、言葉を確かめながら変換する、「単文節変換」こそが松茸の本領であり、それはプロの書き手としての言葉へのスタンスというものに、うまく合致していた。自分の言葉を、FEPにまかせるというのは、どう考えても素人の発想ではないか。
しかし、その松茸とも、お別れの時がきた。WindowsXP版の登場を、その万にひとつかもしれない可能性を待ちわびていたのだが、やはりどうも無理そうなのだ。
さらば、松茸。
不器用ながらも良心に満ちた管理工学研究所よ。
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