ワイルドバンチ

『ワイルドバンチ』(サム・ペキンパー監督/1969)。

西部劇も60年代終盤となると、一筋縄ではいかなくなってくる。

とにかく、やたらと人が死ぬ。たぶん200人くらいは死んだのではないかと思う。それも重要なシーンでは血をはね飛ばして死ぬ。一般市民も、悪党も、兵隊も、悪党よりあくどい将軍も、女も、子供も、主人公も、脇役も、どんどん死んでいく。

映画の主題は、いくつかあろうけれど、とりあえずアウトローの論理、もしくは倫理?というものになるかと思う。強盗を生業とするような悪者の集団であってみても、やるにも、やらないのにも、それなりの事情やら背景やらがある。そこらに注目したのが、新しかったのだろう。

ラストシーン。ストップモーションの銃撃戦は見事だけど、そこに至る直前、四人が銃を持って敵陣の真ん中をずんずん歩いていくシーンが圧巻だった。日常から非日常に移るきっかけは、ひとつの巨大な決意。あるいは覚悟。谷岡ヤスジなら、ここで全員が点目となるところだが、西部劇だから点目にはならない。

いわずもがなだが、80年代に流行った「目が点」というのは誤用である。本当の点目というのは、一人の男が怒りや悲しみのあまり、非日常に飛躍していく状態を表すもので、当然、次の瞬間には相手の頭にコウモリ傘が刺さっていなくてはならない。あれ、この指摘は山下洋輔がやっていたな、たしか。話を戻す。

将軍を撃ち、さらに将校を撃ったところで、一人がにやりと笑う。四人全員の行く末を覚悟した笑いの凄さ。この映画が、ただの派手なアクションに終わらないのは、こういうところを的確に描写してみせる監督の力量というしかない。

音のクオリティが非常にいいのにも驚いた。レンジが広く、瞬発力のある音だった。