友だちのうちはどこ?

『友だちのうちはどこ?』(アッバス・キアロスタミ監督/1987)-宮崎映画祭

初めて観るイラン映画。どんなんかな、と思っていたのだけど、見たことも想像したこともないイランの下町の情景と風情に、すっかりトリップしてしまった。映画はタイムマシンだというけれど、ニホンに住むワタクシにとって、イランはほとんど情報のない異世界であって、その意味でタイムマシンを超える。1549年に自衛隊が出現したら、というイメージの提示なら、ある程度ワカルが、1987年のイランの普通の人々の暮らしは想像もつかない。

まず、規則、規律、習慣というもので、大人という大人が総がかりになって子供をイジメる(ニホンのワタクシの正直な感想としてはそうだ。彼らの言い分もあるにしても)世界が提示される。

ノートを従兄弟の家に忘れ、宿題をやってこなかった8歳の少年を先生が泣かせたあげくに「次、忘れたら退学だ」と脅す。放課後、この少年のノートを別の少年が間違えて持ち帰ってしまったことに気づき、彼はそれを届けるために、友だちの家を探す旅に出る。

友だちのノートを持ってきちゃったから、返さないと。と、母親にいうと、「遊びは宿題してからだ」と、てんで相手にしてくれない。ついにノートを持って家を飛び出すと、おじいさんにつかまり、煙草を持ってこいといわれる。取りに行くのだが、煙草はおじいさんが自分で持っているのだ。

「規律が大事だ。だから、(言うことをきかせるために)わざと取りに行かせた。わしは子供の頃、親父に四日に一度は殴られた。お小遣いをもらったことは忘れても、殴られたことは忘れない」

それを、敬意の目で見ていた別のおじいさんが問う。

「いい子だったらどうしたらいい。殴る理由がない時には」
「何か理由を見つけて、四日に一度、殴るべきだ」
「なるほど(さらに敬意の目)」

別の大人が、商売の計算をするために、ノートを破って一枚くれという。友だちのだからと断ると、「大人のいうことは聞け」と、無理やり破られてしまう。

こういう、理不尽な大人の世界に囲まれて、少年たちは育っている。難儀だというほかはない。それでも少年は、立派に冒険を続け、電話もないものだから、そんな大人たちに片端から友だちの家を訪ねて歩いていく。そこで出会った一人のおじいさんとともに…。

というようなお話である。

石壁と石段で出来た小さな町。木のドアから鉄のドアに変わりつつあるほどの時代の流れ。狭い路地を、ロバの背に乗ってゆく男。まるっきり出てこない若い女。白い顎ひげと黒い帽子の老人たち。金だらいで洗濯をするお母さん。商売であれ道を聞くのであれ、一度断られてもしつこく食い下がる習慣。

なるほど、と思う。