文章を書くということが、どこか体のリズムと同期するものであるのだとすれば、ここ数ヶ月、このブログを書けずにいたことは不思議でもなんでもないのだろうと思う。

もはや体のことは書きたくもない。良くはないが、悪くもなっていない。いや、ここ2週間ほど、じわじわと回復してきており、今日も朝から夕方までシンキクサイWEBページの更新作業に耐えることができた。偉大な回復というべきである。

実に偉大な回復なのだが、友人たちはすっかりぼくのことを病人と思っており、回復してるんだといってもなかなか信じようとしない。ここで何を書いても、だめである。彼らの前に現れて、大酒でも飲んで女でも口説いてみせないことには、信じてくれそうもない。

ここのところ、丸山先生のことをぼんやり考えていた。久留米の詩人・丸山豊先生で、ぼくは自称最後の弟子なのである。

初めて先生にお会いした時、ぼくは24歳だった。できたてほやほやの広告マンで、わけもわからず久留米市諏訪野町の丸山医院を訪ねていた。その時のこと。

人間というのはね、一人で生まれて、一人で歩いていく。そして、一人で死んでいく。だだっぴろい、何にもない荒野を一人で歩いていくとね、ずーっと向うから誰かが歩いてくるのが見える。お互いに一人で、お互いに孤独。徹底的に孤独。人間というのは、一人で荒野を歩く人みたいに、徹底的に一人で孤独であるという覚悟が、まず大事なんだろう。

その覚悟があって初めて、愛が生まれる。向うから歩いてくる人に、おーいと手を振る。無限の親しみをこめて、手を振る。そんな愛がいいと思う。相手によりかかるようなものじゃない。自分は一人で、どうしようもなく孤独であると覚悟できる強さがあって、ようやくほんとうに人を愛することができる。孤独のないところに、愛は生まれない。最近、ぼくはそんなことを考えているんだが、あんたはどげん思うね。

そんな話だったと思う。
なぜ、こんなことを思い出すのか、わからない。