映画>馬鹿が戦車でやって来る

『馬鹿が戦車でやって来る』(山田洋次監督/1964)。

海沿いの小さな町・北浜町の背後にある、丸い形のいい山を越えると日長という村がある。ここの村人は、働くよりも茶を飲んで人の噂話をするのが好きな、ごんたくれ揃い。周辺の人々からは「日長から嫁はとるな」といわれるほど変わりものが多い村だ。その露骨な好奇心と、互いへの干渉と監視、戦後十数年経ったにも関わらず地主と小作の格差が歴然とある階級社会は、ニホンの村の典型だともいえる。

少年戦車兵だった主人公サブ(ハナ肇)は、村はずれにある村一番の貧乏人の家に生まれ育った。依怙地者で粗野な男だが、耳の遠い老いた母と、いつも両腕を広げてトンビの鳴き真似をしている、頭のあたたかい弟・兵六(犬塚弘)を抱えながら、小さな畑を守っている。

村人は、何かことがあると、この家のせいにした。ものがなくなれば、やつらが盗ったといい、犬がいなくなれば、やつらが食ったという。貧しいというだけの理由による、どうしようもない差別。しかしその差別は、どこか許容された差別であり、人をはじいてしまうものではない。少なくとも、貧乏人同士の間においては。

地主の娘・とみの快気祝いに出向いたサブは、座敷から追われて暴れ、警察に捕まる。留守中の数日に、あくどい村会議員によって土地をだましとられたことを知ったサブは、納屋に隠したおいた旧日本陸軍の戦車を繰り出して…。

………………………………………………………………

とまあ、こんな破天荒な設定なんだけど(脚本は團伊玖磨)、クレイジーキャッツの面々が活躍するコメディ、というほど軽い映画でもない。村の共同体のうっとおしさのようなものも存分に描かれていて、なるほど、戦車でも乗り回してみたくもなる。

山田洋次は、ハナ肇を主人公に『馬鹿まるだし』『いいかげん馬鹿』『馬鹿が戦車でやって来る』と、馬鹿シリーズを数本撮っているのだけど、これはおそらく後の車寅次郎の原型なのだろう。寅さんシリーズほどには、管理社会と人間らしさの相克といったようなテーマは薄いにしても、「はずれもん」のおかしさ、切なさ、愛おしさを描くという点では、その目線に変わりはないように思う。