2007年10月10日

古田敦也捕手の引退に

昨年の秋、ぼくはヤクルトスワローズの秋期キャンプが行われている、松山の坊ちゃんスタジアムの三塁側ダグアウトに座っていた。今年、二度目の首位打者と最高出塁率の二冠を獲った、青木宣親選手のインタビューのために、そこで練習を見ながら時間待ちをしていたのだった。

練習中、古田監督はじめチーム関係者は、一塁側ダグアウトに陣取っており、取材者もそちらへの立ち入りは禁じられていて、カメラマンや記者などは、主に三塁側からグラウンドを眺めたり、あるいは一塁側ダグアウトをのぞきこんでみたりと、そういう位置関係なのだった。

球場へは昼過ぎに着いて、午後3時頃には終わるはずの練習をじっと待っていたのだが、その練習が終わっても青木選手はなかなか出てこない。やがて広報の人が来られて「青木は今、ウエートやってるから。いつも2時間はやるんだけど、今日は早めに切り上げると思うから、ちょっと待っててね」とのこと。

朝からグラウンドで激しい練習をやり、終わるとすぐに激しいウエートをやり、熱をもってほてった体を「部位ごとにアイシングしてるときりがないから」という理由で、氷風呂にそのまま飛び込んでしまうという、これもまた激しいクールダウンの後、青木選手はバスタオルを使いながら出てきてくれた。その時の話は、こちらにまとめてある。

とにかく昼から夕方まで、延々と座っていた三塁側ダグアウトに、どういうわけだか古田敦也兼任監督が現れた。何か挨拶をしようと思ったのだが、ぼくはしょっちゅう出入りするスポーツ紙の記者ではないので、「こんにちは、お世話になってます」というのも変だ。「青木選手の取材で宮崎から来ました」というのもおかしい。仕方ないので、目線が合えば頭を下げて、なんか言おうと思っていたら、ついに目線も合わない。

古田兼任監督は、ダグアウトに座ることもなく、かといってそのままグラウンドに出ていくわけでもなく、最前列のベンチ(ぼくが座っている)のすぐ前で、ゆっくりと大きく、バットを振り始めた。その距離1メートル。バットは、スイングではなくて、ネクストバッターズサークルの選手が上体のストレッチをやるように、腰と背を伸ばしながら「うむ、うむ」という感じで振っている。

その雄大な背筋の躍動。顔だけ見ると優しいのだが、この人もまた、ヘビー級ボクサーのごときゴリラの後ろ姿をもつアスリートなのだった。そして抜群の足腰のバネと、並外れた強肩。4番を打つだけの強打。さらに野村克也さんの頭脳を、ただ一人受け継ぐID野球の申し子...。

ぼくはその、途方もなく大きく見える背中の躍動に圧倒されながら、その背中がまた「この後に座ってるやつ、誰やろうな」と気にしていることが、ちょっとおかしかった。やはりなんでもいいから、人様の屋敷に上がり込んでる以上は、きちんと挨拶をすべきだった。それが、ただ一度しか縁のないニンゲンであったにしても。

直近の、古田選手の印象は、あの大きな背中である。

時間を少し遡って、ヤクルトスワローズが宮崎県西都市でキャンプを張っていた時のこと。キャンプも終盤になると、宮崎県営球場などで、よく巨人と練習試合をやっていた。たまたま、弁当を持って出かけた時、スワローズは試合前の守備練習をやっていた。

そこで、古田捕手の送球練習を見た。ピッチャーがホームへ投げたかと思うと、空から災難でも降ってくるみたいに、マウンドにかがむ、その上を古田捕手の送球が、何かに跳ね返されたように飛んでいく。ボールは、セカンドにカバーに入って腰を落としたショートの、ちょうど左膝のあたりに、バシンと収まる。

次の送球もショートの左膝。その次も左膝。何度やっても左膝。ホームベースからセカンドベースへ、定規で線を引いたように、というか、何かボール自身がそれ以外は許されない運命を背負っているかのように、コースも高さも速さも、まったく同じ軌道で飛んでいく。わずか5、6球の、試合前の送球練習で、まばらなスタンドからため息がもれた。

ぼくにとって「プロ」というのは、あの送球練習のことだ。アマの練習でため息をつくことはない。

古田敦也が引退した。あの送球練習は、もう見られない。

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