2005年6月11日

金ちゃんヌードル発見

自宅から徒歩15分のところに、九州最大(級)というショッピングモールができた。夜11まで開いているので、時々、モール内を散歩する。巨大なコンビニみたいなものだ。特にここの本屋はいい。本屋というのは発見がなくてはいけない。

在庫管理が徹底している昨今は、本屋にかぎらず売れ筋しか置いていないので、街を歩いていても、売れるんだか売れないんだかわからないけど、面白そうなモノに出会うことが少なくなった。田舎であればあるほど、そういう傾向がある。いや、これこそが田舎のかなしさというものだろう。消費生活者にとって田舎は不幸だというのは、そういうことだ。毎日おんなじ顔を見て暮らすように、毎日おんなじ商品に囲まれて暮らさなくてはならない。その果てしない退屈さに耐えられない人は、田舎を志向するべきではない。ぼくだって耐えられない。生きていくのに必要最低限の情報量というものがあり、これには絶対に個人差がある。情報の基礎代謝量か。

ここの食品売り場で、『金ちゃんヌードル』に出会った時は、ちょっとメマイがした。73年から78年頃にかけて、ぼくの家はほかのいろんなものとともに、こいつを鹿児島県内の小売店に卸す仕事をしていて、倉庫にはこいつが山と積まれていた。当時から宵っ張りの少年であったぼくは、深夜、お腹がすくと倉庫へ行って、自家消費用に段ボールの隅が破いてあるところから1個ずつ取り出してきては、そそくさと部屋へもどり、そそくさとお湯を注いで、そそくさと食べていた。

それは、Uコン機の塗装をしている最中であったり、友達としゃべっている時であったり、日記をつけている時であったりした。ラジオからはフィンガー5やら、NSPやら、かぐや姫やらが流れていた時代。

カップ麺最初期からあった製品であり、同期ライバルはカップヌードルしかなかった。味の方は、圧倒的に金ちゃんヌードルの勝ちでもあった。カップ麺として、普通の食感をもつ最初の製品といってもいいかもしれない。カップヌードルは、やはりあまりに特殊な食感だったから。それにパッケージが二重構造になっていて、熱くならないのもアドバンテージだった。

ぼくはこいつが好きだった。何がどうして『金ちゃんヌードル』などという名になったのか想像もつかないのだが、徳島県で作られていて、ほとんどCMなどにも登場しないにも関わらず、大メジャーのカップヌードルをはるかに凌駕するもの作りの姿勢というものが、その乾燥エビやタマゴヤキの食感にも表れていて、子供心にも「こうでなくちゃなあ」などと感心しながら食べていた。

その金ちゃんヌードルを、イオンショッピングモールが仕入れてきたということは、今でもそこそこ売れているということなのだろう。パッケージもほとんど、あの頃のままだ。えらいぞ、徳島製粉。

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