徳山と三沢と天山

18日は格闘系の特異日だった。まずWBCスーパーフライ級タイトルマッチ12回戦、王者川嶋勝重×挑戦者徳山昌守。結果はご存知の通り徳山の判定勝ち。ジャッジによっては9ポイント差と、ほぼフルマークに近い差がついたけれど、実際、ジェネラルシップは徳山が握った。 距離をとってワンツーを打ち込むアウトボクシングのお手本のような …

橋本真也とコリノ

TVではハッスルもゼロワンもなかなか観られないので、ここ数年、橋本の試合はあまり記憶になかった。その中で、強く印象に残っているのは、2001年10月、フロリダ州のどこやらの町でスティーブ・コリノとか称する細身のお兄ちゃんが保持していたNWA世界ヘビー級タイトルに挑戦した試合。 なんか北沢タウンホールより大きいか、小さ …

スイングするということ

レスラーの才能について考えていくと、「間」というものに行き当たる。これは今さら、ハリー・レイスが馬場のボディスラムを受けて立ち上がる時の、あのゆるい間のことではなく、ハンセンのエルボーを受けた猪木が、リング下に降りてしばらくやり過ごす、あの間のことでもない。もちろん、西村修がインディアン・デスロックに入る前の、ふとあた …

天才とは外道のことだ

外道とは、もちろんレスラーの外道氏である。 プロレスを壊すものを、ほんのひとかけらも持っていないという意味で、また、何がプロレスかをよく知り、それを体現しているという意味で、邪道・外道こそ少なくともここ5年ほどのプロレス界における屋台骨のひとつだろうと思う。 特に外道がいい。10年ほど前、スーパージュニアに出てきた …

プロレスを壊すもの

「プロレスとジャズには大きな共通点がある。観客がいないと成立しないということだ」と、かつて山下洋輔は喝破した。まさに慧眼というべきである。つまり、見世物だということ以上に、観客とプレーヤーの相互作用によってもたらされる「一回きりのその場性」について指摘しているわけだ。 加えて、「相手の良さを引き出しながら、なおかつ自 …

プロレスについて

橋本真也の死で、プロレスという一項を立てた。実はぼくはかつて、いわゆるプロレス者だった。1972年からアントニオ猪木を見続けてこれたことが、ぼくの内のどこかで何かを醸してきたことは間違いことだろうと思う。 もはや、プロレスを語ることに何かの意味を見出すことはむずかしい。残念ながら、そういう状況になってしまった。「リン …

トンパチの死

レスラーが死ぬのは悲しい。 ディック・マードックやムーンドッグ・ロニー・メイン、アドリアン・アドニス、デイビーボーイ・スミスなんて人が比較的若くして死ぬたびに、あんなやつらでも死ぬんだと驚きつつも、いいようもない悲しさがあった。 大体、レスラーになろうなどという者は並の人間ではなく、精神的にもトンパチなのが多い。体 …