渋々と着香系をおすすめする理由

さて、パイプは決まったので、葉のことを考えなくてはならない。実際のところ、まったく初めての人に勧める葉を考えるというのは、犬にアキレス腱固めをかけるよりむずかしい。これに比べれば、おすすめパイプの選定などは、ABCマートでジョギングシューズを買うようなものなのだ。つまり、それほど選択肢は多くない。

とりあえず、世間(日本の)で初心者向けとされている葉がいくつかある。知り限り、そのすべては着香系と呼ばれるもので、バニラやナッツ、柑橘などのフルーツ、蜂蜜といったもので香りがつけてある。初心者向けとは、つまりとっつきやすさと同義であると思われるのだが、ここにひとつラタキアという巨大な壁の存在を思わざるを得ないわけである。

シリア・アラブ共和国の港町の名から由来するラタキアは、たばこ葉をイブしたもので、燻製のような匂いがする。ニホンではこれに拒否反応を示す人が多いのだが、世界のパイプ葉の銘柄の半分かそれ以上は、ラタキアを使ったものであるので、ワタシはあなたをラタキア嫌いにはしたくない。それは、世界の半分を失うことであるからだ。

パイプたばこには、着香系と非着香系があり、非着香系にもラタキア入りとラタキアなしのものがある。パイプたばこの歴史と伝統からいえば、非着香の方が古いに決まっているわけで、こちらを王道と呼んでもいささかの差し支えもなかろうと思う。まあ、パイプに王道も覇道も邪道もありはしないという前提の上で、ではある。ちなみに、香料の使用を法律で制限されているイギリス産のたばこ葉は、おそらくすべてが非着香である。それもダンヒルに代表されるラタキア入りだ。

で、なぜ相当な割合のパイプ喫みが、ラタキアを忌避するのかというと、その香りにある。試しに、「ラタキア 匂い」とか「ラタキア 臭い」とか検索してみるとわかるのだが、ぎょえー、とか、ぎゃーとかいう悲鳴とともに、正露丸のようなニオイと書いてあると思う。

あれは、焚き火の匂いなんである。荒野を旅してきた男が、夕暮れにふとわれを取り戻す小さな焚き火の、その時には気づかなかったけれど、翌日になって服にしみこんでいる匂いといったような、荒野の男の残り香なのである。

いってみれば、アラゴルンがまだ馳夫と呼ばれる北方の野伏の一人だった頃に、フロドたちの前に初めて現れたあの木馬亭の夜、彼の服から漂っていた香りは、こんなものであっただろう。それを正露丸のようなひどい匂い、などととらえる人がけっこういるのは、慚愧に堪えないのだが、それが事実であることは仕方がない。

シガレットでは味わえない、パイプたばこの魅力。それは、独特の陶酔感にあるのだが、うまいラタキアを、うまく喫えた時の陶酔感というものは、ちょっと説明のしようがない。だから、ぜひこの世界をテンから拒否するようにはなってほしくないのだが、好みといってしまえばそれまでのことではある。

そこで、ひとつ初心者の御法度をお伝えしておこうと思う。パイプたばこを買って、ポーチなり缶なりを開けた時に、鼻を近づけてくんくんと匂いをかいではいけない。しばらくの間、これは守ってほしい。パイプは、葉を燃やした煙の味や香りを楽しむもので、それは生葉の状態とはまったく異なるものなのだ。

ラタキア好きが正露丸が好きなら、わざわざ面倒なことをしなくても、正露丸をかじっていればすむ話である。正露丸に、よだれが湧き出るような甘みも、夢へ誘ってくれるような陶酔感もありはしないことは、誰でもおわかりと思う。だから、あれは正露丸とは縁もゆかりもないものなのだ。

まったく匂いをかぐなというのも酷なので、葉をパイプに詰める距離で、まあ、大体30センチくらいは鼻から離れていると思うが、その距離で、さりげなく、匂いをかぐともなくかぐ、というくらいにしておくのがいい。

ラタキアに限らず着香系の葉の匂いも、それはそれで強烈なものである。一瞬、とてもいい匂いに感じるのだが、過ぎると気分が悪くなることがある。テイク・イッツ・イージーを、ワタシは気に入って喫っていたのだが、ある時、缶の蓋が開いてバッグの中に大量にこぼれ、その掃除をしているうちに、匂いに酔ってしまって、それから数年、どうしても喫うことができなくなったことがあった。

重ねて書くが、生葉の匂いと、煙の匂いはまったく異なる。そして、パイプはどこまでも煙になった状態を楽しむものなのだ。だから、ある程度経験を積むまでは、生葉の匂いをまともにかぐようなことはしない方がいい。いずれ訪れるラタキアの悦楽のためにも、その方がよかろうと思う。

で、おわかりのように、この時点で「最初のパイプ葉」として、ラタキアをおすすめするのをワタシはあきらめてしまっている。どうしても着香系という話にならざるを得ないのは、匂いがどうのというよりも、非着香系の甘みを味わうには(煙自体が甘いのである)、少しだけクールスモーキングの技術がいるからだ。少しだけ、である。

だから、喫いやすいとされている初心者向けの着香銘柄から始めて、やがて幅を広げていく。というスタンダードな形に落ち着いてしまうことになる。

では、どんな銘柄がおすすめか。今回、このエントリーを書くにあたって、ワタシは4つの人気着香銘柄を試してみた。また、記憶の中から3つほど、思い返してもみた。

それは、アンフォーラ・フルアロマ、ブルーノート、ダニッシュ・ブラックバニラ、スプリングウォーター、ケンタッキーバード、インディアンサマー、ボルクムリーフ各種、といったものなのだが、どうもインディアンサマーは、すでに国内では販売していないらしい。そういえば、ケンタッキーバードも廃盤か。

ひとつ選べというと、むずかしい。この中からなら、どれでもいいと思うのだが、ブルーノートは少しだけ技術がいるかもしれない。焦って喫うと、後半になって辛くなる傾向があるかもしれない。これも大ぶりのパイプで、ゆったりと時間をかけて喫うとうまいたばこだ。

ちなみに、アンフォーラ・フルアロマは、国内売上NO.1であるという。人気NO.1にして、初心者おすすめ銘柄にも常にリストアップされるので、どんなものだったかなと、昨夜、あらためて喫ってみた。

フルアロマというわりには、煙自体に強いアロマは感じない。煙がまろやかで、火付き、火持ちとも優秀で、喫いやすさは特筆ものかもしれない。また、後半になって味が鋭くなるということもない。しかも、たばこ感もしっかりある。これは、初心者向けというよりも、初心者にも喫いやすい本格派といえるのかもしれない。

まあ、長いものに巻かれてみるのも悪くはない。とりあえず、アンフォーラ・フルアロマをひとつ買って、ほかにデザインで良さそうなのをひとつかふたつ選んで、パイプに詰めてみるところから始めてみるというのは、いかがでしょうね。と、長々と書いたわりには、ごく普通の結論になってしまった。