真夜中になって
風も落ちたし
みんな寝てしまうし
何時頃やら見当もつかぬのに
杉の木あたりにいて
じいっというて鳴く
じつに馬鹿だ


中学生の頃、いずれはこんな詩を書けるんだろうなと思っていたわけです。

後年、久留米の丸山豊の最後の弟子(自称)になり、「君は、詩を書きなさい」とありがたくも言われ続けながら、ついにひとつも詩を書かず、結婚の媒酌まで頼んでおきながら、それでも詩を書かず、なおかつ師はあきらめずに、死ぬ年まで「詩は書いていますか」と呼びかけてくださった。

丸山豊が死んだ時、20代のすべてのエネルギーを注いだつもりの久留米が、ただのほこりっぽい田舎町に見えて仕方なかったな。丸山先生のことは、いずれきちんと書くとして。

中野重治の「真夜中の蝉」であります。