気功に行く
朝から予約してあった気功へ行く。気功といっても自分でやるのではなくて、肩こりとか疲労とかもろもろの事柄を癒すために、気功師にやってもらうやつで、こちらは受け身である。
2年ほど前に、首をひどく寝違えて3週間ほど苦しんだことがあり、整骨院その他で徐々に快方には向かっていたものの、鏡に映る自分の姿はひどいものであった。痛みのために両腕が縮こまり、額にはシワが寄って、なんだか体も顔も雷を受けた木みたいにねじれていた。
そこで1時間、いろいろとやってもらったのだけれど、何しろ気功というのはマッサージとかカイロプラクティックとちがって、何かをやってもらっている実感というものがあまりない。痛くもかゆくもないので、どのようなリアクションをとっていいのかもわからない。
ぼくは痛みに弱いらしくて、というか、痛みに対する表現力が豊かであるらしくて、近所の歯医者ではちょっと評判である。何かというと、「おわ」とか「うお」とか「うがががが」とかいって治療台で暴れる。これは父譲りなので血というものであろう。
で、その重度寝違え事件の時、気功がすんで鏡を見たら、頬に紅がさし、額は開き、若き眉となって生気あふれていた。縮こまっていた腕はすんなりと下り、胸も張れている。
『ロード・オブ・ザ・リングス』で、蛇の舌グリマにそそのかされて衰弱していたローハンの王セオデンが、アラゴルンらによって救われて、みるみる顔に生気がよみがえるというシーンがあったでしょう。まさにあれが、わが身に起こったわけです。
気功についての詳細はわからないけれど、ぼくは実利的に役立つならなんでもよろしというニンゲンであるので、「これは効く」とインプットされた。やがて、その親子でやっている気功師さんと仲良くなり、常連の皆さんと綾にお泊まり会なんてものにすら参加したりした。
そうなると、もうなんでもありである。
「今日はどうされました」
「原稿を書きたいんだけど進みません」
「わかりました」
なんてやりとりが可能になる。
そこで原稿を書けるようになるための、というか、あちこちリセットするための施術をやってくれる。今日は、左脳につながるところの停滞と、目のひどい疲労をとるというのが主なテーマだったらしい。帰ってきたらいきなり眠くなり、4時間ほど眠っていた。起きたら鼻はすーすー通るし、目は楽だし、なんだか頭がクリアである。
もう一軒、ひいきにしているカイロプラクティック屋さんは15年もつきあっているので、
「今日はどうされました」
「過労。原稿が書けない。女の子にもてない。です」
「わかりました」
なんてことで、施術を引き受けてくれる。ここはとにかく、終わったら猛烈にお腹がすくので、何かにヨイのであろう。
いくら長年つきあっている主治医でも、医者にこんなリクエストをしたらぶっとばされる。東洋医学ばんざい。なのであった。