映画>男たちの大和 YAMATO

『男たちの大和 YAMATO』(佐藤純彌監督/2005)。
『ローレライ』で深く傷つき、『亡国のイージス』と『戦国自衛隊1549』の、安っぽくも感傷的なナショナリズムに辟易したワタシとしては、この巨大な主題を、あのようなノリで処理しやがったらタダではおかんという気持ちもあり、怖くてなかなか観ることができなかった。
中学時代、『丸』少年であり、戦後せいぜい二十数年という時点で読んだ、数々の戦記物からの帰結として、九条絶対守護派となったワタシは、過去の人の死にようを現代のナショナリズムに利用することは、卑怯・不埒であるという観念があり、この映画が上記三作と同じ製作会社のものであってみれば、そのような危惧を抱いても仕方ないわけであります。
さて、この映画。やや薄味ではあったにしても、鈴木京香が何か場違いではあったにしても、ラストシーンの敬礼の形が、どうもリアルではなかったとしても、主題そのものは正面から正々堂々、描かれていたと思う。
日本海軍の象徴として武蔵とともに建造され、象徴であるがゆえに、なかなか出撃命令も下されず、結局、片道燃料の水上特攻隊として護衛機もない、ほぼ丸腰の姿で沖縄へ死にに行く大和。その出撃の艦内で、自らが死ぬことの意義についての議論があったという話は聞いていたけれど、実際、どうだったのだろうと思う。
男と生まれてしまったからには、人生のうち何度かは、自分が戦争で死ぬことを想像なり覚悟なりすることがあると思うけれど、糧食も存分にあり、死の直前まで規律も組織も機能する中で、あっけなく死ねる海軍はまだいいな、と考えたことがぼくにもあった。
旧薩摩藩領出身の父母を持つせいか、親族には軍人が多く、身近なところでは祖父が陸軍大尉であり、その弟は陸軍航空隊の教官であり、飛燕に乗って帝都防空隊としてB29を迎撃し、シベリア抑留も経験した。古くは西南戦争に従軍した先祖もいるし、日露戦争で亡くなった方もいるらしい。そんなこともあって、戦での自らのありようについて考えることは、子供心にも避けて通れない道筋でもあった。
若き日のぼくを引き上げてくれた方は、かつてインパール作戦に従軍し、ミートキーナで敵に囲まれた。水上司令官付きの軍医中尉だった。その方の奇跡的な生還(つまりそれ以外のおびただしい死)を思うにつけ、大戦末期の兵士たちの死にようは、どこかに救いがあったのだろうかと考えずにいられない。また、ある時は騰越守備隊の生き残りという方にお会いしたこともあった。その生還の確率は、限りなくゼロに近い。
『丸』少年だった頃、たまたま読んだ水木しげるの戦争漫画で、ジャングルに這う兵士たちが頭上を飛び去る友軍機をみて「あいつらは、いいよな。椅子に座ったまま死ねて」というようなことをいう台詞があって、何かを深く納得したような気がした。もっと悲惨なのは、銃も持つことができずに死んだ民間人であり、さらに悲惨なのは、自国の政府や軍によって殺された人々でもある。
戦争を考える時、この人たちのことを、まっさきに勘定に入れなくてはならない。そうするとおのずと結論は見えてくると思うのだ。