映画>アニー・ホール

『アニー・ホール』(ウディ・アレン監督/1977)。
どこにでもいそうだけど、やっぱそんなにどこにでもはいそうにない二人の、どこにでもありそうな、でもやっぱ、そうどこにでもないかもしれない気もするニューヨークの恋の物語。ウディ・アレンが主役、監督、ストーリーテラーまで一人でやる。ポール・サイモンがトニー・レイシーなる歌手役で出ていた。
この映画が劇場で封切られた時、ぼくは17歳だった。当時、この映画を観ていたら、やっぱり今夜と同じように笑いこけていただろうけれど、今、この年齢になって、自室のプロジェクターで一人で観て、いい映画だとか、ウディ・アレンはすごいとか、それなりに感じることはあるにしても、それはどこか寂しいことでもある。
映画は、その時代にいあわせたのであれば、なるべく劇場で観るべきものなのだということを、こんなに強く感じたことはない。映画が時代を映す鏡であるとすれば、ぼくは鏡を見ないで生きてきてしまったのではないのか。なんてことすら考えた。でも観なかったものは仕方ない。今年だって劇場では一本も観ていない。
おそらく。17歳の時に観ていたら。いや、観てなかったにも関わらず、こんな人間になっている。自分の中のギャグの質が、70年代のウディ・アレンによく似ているというのは、どういうことなのだろうか。そう思わせる映画の勝ちということか。
そうそう。「いい映画」を観た時の自分の反応について気づいたことがある。まず、エンドロールを最後まで見る。そして、「さらにいい映画」の場合、画面がトップメニュー(DVDの)に戻ったら、「劇場予告編」を見る。今夜も予告編まで見た。いい映画だった。