2009年1月 2日

謹賀新年

大みそかの夕方、神棚を酒で清めるのがわが家の習わしとなっている。習わしといっても、ぼくの代からだ。なぜこんなことを始めたのかわからないのだが、とにかくタオルを2枚持ってきて、1枚で神棚を乾拭きし、2枚目を正月用に用意した金箔入りの月桂冠に浸して神棚を拭く。

神道だから白木で作ってある父親の位牌も同じように拭いて、酒、塩、水、米、榊といった神棚セットを新しく整えると、オクサン、子供、猫などを呼び、全員で柏手を打って(猫は打たない)、本年の無事を感謝して一同解散、あとはテレビでも見ながら、のんびりと新年を待つことになる。

年が明けると、高原町というところにある狭野神社に参拝する。ここは初代神武天皇が生まれた土地であり、非常に由緒はあるのだが、元来商売が下手で、格が高いわりには屋根の葺き替えにも苦労するというような、つまり、非常に宮崎らしい古社のひとつだったのだが、何が起こっているのか、今年は神殿にたどり着くまでに、長い行列に並ばなくてはならなかった。

突如として神威おおいに振るうの感があり、氏子としては喜ばしきことではある。

このような場で、わが家はちょっとだけ目立つ。なんとなれば、五人の家族が、子供たちがごく小さかった頃から一斉に柏手を打つ、そのタイミングがなかなか見事なのだ。ぼくは自分のペースで手を打っているのだが、それに合わせる呼吸というものが、いつのまにか出来上がっているようで、ぱらぱらと調子が外れるようなこともなく、それぞれが放任で好き勝手にやっているわりには、その数秒間というものは、どこか一致団結、神道一筋五十年みたいな感じで、あたりが小さくどよめいたりするわけである。

その後、高岡町というところにある父親の一族の墓に参る。そこで隣の墓に来ていた人が、ひざまづいて頭を垂れ、小さく、音が鳴らないように柏手を打っている姿に、少し胸がつまった。宮崎人は、墓参りにも柏手を打たなくては気がすまない心情がある。ありがたい、目に見えない何かに、思わず柏手を打つ心根がしみついているのだろう。

なんにせよ。

ごくまれなことではあるにしても、人ではないものに手を合わせて、祈ったり、感謝したりすることは、大事なことなのではないかと思う。放っておくと、人には人しか見えなくなってしまうのだから。

そんなわけで、年が明けた。まことにおめでたい。

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コメント

明けましておめでとうございます。

よは不景気一色で、当方もそのあおりを多少は
受けておりますが、今年は少しでも好転すれば
と楽観視しております。(^^ゞ

何卒今年も宜しくお願い申し上げます。

サルモサラーさん

あけましておめでとうございます。

新聞は日経だけとっているのですが、急速な世界の変化を感じますね。でも、一般紙ほどはいわゆる社会面のえぐい記事がないので、気分的には楽のような気がします。

まあ、変化は悪いことばかりではないでしょうから、ぼちぼち、世間を見渡しながらやっていこうかと思っています。

本年もよろしくお願いいたします。

ブログ、引っ越しましたぁ~!!

ご面倒ですが、宜しくお願いします。m(__)m

http://blog.livedoor.jp/salmosalar/

サルモサラーさん

さきほど、リンクの張り替えをやっておきました。
ライブドアのブログ、なかなかいいですね。

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