2008年5月20日

映画>裸の島

『裸の島』(新藤兼人監督/1960)。

「オレとオカジ(乙羽信子)は、まるで天罰が降りたみたいに、毎日毎日水を運んだ」(『三文役者』/2000)。

雨が少なく温暖な瀬戸内式気候を生かして、島々ではだんだん畑でみかんやこく類などを栽培しています。と、オレは小学生の頃に学んだ。あの頃は優等な生徒だったから、今でもこうして覚えているのだ。そこにあったのは、何やらほんわかとした暖かな風が、波ひとつない瀬戸内の水面を吹き渡ってくるというような豊かでのんびりとしたイメージだったのだが、実際のところその生活は時に「苛烈」を絵に描いたようなものだったのだということが、この映画を観てわかる。

なぜそこにだんだん畑があるかというと、つまり平地がないからである。平地がないということは、つまり歩く場所は斜面であり坂である。そしてそこには大した川もない。平地は川が作るものであるからだ。すっかり耕してしまっているので、水を作る木も生えていない裸の島。

だもので、殿山泰司と乙羽信子の夫婦は、朝暗いうちから舟を練り、一斗桶を担いで隣の島へ行き、水を汲んできては営々と坂を登る。すると子供二人が朝飯を炊いて待っているので、それを食べ、また水を汲みにいくついでに上の子を舟で学校へ送るとまた水を汲んで帰ってくる。汲んできた水は、煮炊きに使い、芋にやる。ここでは、人の水と芋の水が同じくらいの意味を持つ。

水をやるといっても一斗桶に四つ担いでくるだけなので、芋一株にコップ一杯くらいのものだ。からからに乾ききった土地が、それを吸い取る。というよりも蒸発しているように見える。夏の間は、そんな水やりを延々と続けなくてはならない。

この映画には、台詞がない。殿山泰司が声を出したのは、置き竿で鯛を釣った子供をほめて海に放り込む時に「ほりゃ」と言った時だけだったし、乙羽信子が声を出したのはその時に「まあ」というような歓声をあげた時と、子供が死んで泣いた時だけだ。とにかく無言で水を運び、無言で飯を食い、無言で風呂に入り、無言で子供を葬る。たしかに世もわが家も不要の言葉で満ちみちている。

制作は昭和35年で、リアルタイムにその時代の町や波止場も出てくる。町にはテレビもあり食堂もあり、祭りもある。そして島には乾いた土とヤギとアヒルしかない。そうなのだ。あの頃は、町と田舎には決定的なちがいがあったのだった。

ところでこの島は、広島県三原市沖にある宿祢島という島なのだそうだ。水を汲みに行ったのはおそらく佐木島で、地図を見ると1kmほど離れている。宿祢島は現在は無人島だが、撮影当時は老人が一人住んでいて、あの芋畑を耕していたのだという。

新藤監督はこの映画を「心に水をやる映画です」といっている。あれだけ苛烈な生活を描いていながら、人間だとか生活だとか苦難だとか不条理だとか実存だとか、そういうことを一切口にせず、なおあの水やりのシーンを指して「心が渇いたら、あの映画で水をやりたい」と言える彼の太さというのも、並大抵ではないと思う。

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コメント

JUNさん

島というのは、御蔵とか屋久島みたいな水の豊富なところは別にして
三宅のような火山島だとほとんど水はありません。
おいらのおっ母さん、今はミネラルウォーター買って飲んでますが(^^;
子供の頃は夏になると毎日海辺の崖下に湧く水くみに女衆総出で
歩くのが毎日の仕事だったそうです。島の坂道、頭に桶を乗っけて
登るわけだが「かんだりかったよー」と今でもそう言っております。
どこの家にも天水槽はあったのですが、夏になると日照りが続くので、
天水槽も空になってしまいます。だもんで水くみに行くわけです。

おいらが子供の頃も、台所に水瓶が置いてあって、もちろん飲み水は
そこから柄杓で汲んで飲むわけだが、ぼうふらがプカプカ浮いたり沈んだりしていて(^_^;)、まあ、それでもそういうもんだと思っているから
別に不潔とも思いませんでした。
中国が核実験した頃、島の家々に天水濾過器というものが配られて、
なんか樹脂製の筒状になったものに麻とか棕櫚とかの繊維を敷いて、
小石とか砂利とか砂とか順番に入れて、それで天水を濾して飲めという。今思えば、ただの濾過じゃんか(^^;。あれで放射能が除去出来ると
配ったやつら(たぶん都庁)はそう思ってたんかなあ(^_^;)。

映画と関係なくて、スマソ(^_^;)。

三本岳さん

どうもです(^_^)。三宅でも桶で水を汲んで坂を上り下りしたり、天水に頼ったりしていたのですね。

あの映画、ほぼ無声映画なので観る前はちょっと構えていたのですが、始まってしまえばあっという間でした。いい作品でしたよ。

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