2005年7月20日

天山広吉改造計画

若手だった山本広吉時代から稀にみる素質とナチュラルな強さが注目を集め、凱旋帰国直後の24歳で、当時のエース級だった長州力をフォール。まさに鳴り物入りで、トップへの道を走り始めた天山広吉が、もう一皮むけきらない沼にあえいで久しい。

何よりも天山がつらいのは、自分の物語をつむいでいくための言葉と演出の感覚に欠けているところだ。つまりファンとしては、天山が何をしたいのか、彼の何を観ていいのかわからないところがある。

たとえば昨日の藤田戦はIWGP選手権として行われたが、彼が「新日本の本隊を代表して」「アマレス出身造反組たるチーム・ジャパンの藤田和之を」「つぶす」といったところで、天山に藤田をつぶす力がないことは誰の目にも明らかであって、まして藤田和之がいわば洒落のわからない、ガチンコしかまともにはできないレスラーであってみれば、せいぜい昨日のような終わり方(走りこんでのヒザ蹴り2連発だそうだ。やはり洒落にならない)で、負けてみせるしかない。いかにプロレスだとはいえ、天山が藤田に勝ってしまうようなことが起こるなら、客は納得しない。天山にスクールボーイをやらせるわけにはいかないのだから。

これまでの天山の重要な試合は、いつもそうだった。「ふざけんな」「つぶしてやる」「ぶっ倒す」「次は俺だ」というのが、彼のマイクアピールのほぼすべてなのだが、天山が「つぶす」といってほんとにつぶしたことは、ほとんど記憶にない。真壁戦がそうだったかもしれないけれど、そんなものだ。高山に向かって彼が「つぶす」と吠えるだけで、すでに失笑を買っていることに、早く気づくべきだろうと思う。

WWEが切り拓いた言葉のプロレスを、ぼくはあまり好きではない。中でも軽いクラスの選手が多い某団体で、試合が終わるたびにマイクショーが始まるのは、もう大嫌いでもあるのだけど、今の時代のプロレスはひとつの政治とかドラマのような側面もあるから、やはり言葉の感覚は大切だ。もっとも、一番いいのは肉体をもって語らせることだけれど、それには天与の何かが必要だろう。

この際、天山は「猛牛」というキャッチフレーズを捨てるべきだと思う。牛を名乗るには、少し上体が貧弱であることが最大の理由。せめて健介級のボディはほしい。人間なのか牛なのかわからないということでは、10年前の天龍源一郎がそうだったけれど、天龍と天山では肉体の存在感そのものがちがう。

モンゴリアン・チョップも出たはなは新鮮だったし、今でも悪くはないけれど、小橋健太の逆水平や佐々木健介のラリアット、三沢光晴のエルボーほど金を稼げる技でもない。アナコンダバイスも、観客にはほとんど何も伝わらないのだから、さっさと捨てるべきだろうと思う。

また、指先から肘近くまで巻いているバンテージは、時折見せる突き技のためかと思うけれど、あれもどこかパッチと地下足袋を連想させて本格派レスラーとして美しくないし、相対的に上体を貧弱に見せてしまう。結局、天山で変えなくていいのは顔だけだともいえる。やはりあの顔つきは、並の人間ではないのだ。

試合では相手との間のとり方がよくない。「つぶす」といっておきながら、その本気さがちっとも伝わってこないのは、立ち上がりに首や肩をとりに行く時の、まったく無警戒なというか、道場でスパーリングでもしているかのような安易な間合いにある。路上だったら、そこでアゴにもらって終わりでしょ。と、こちらも山本小鉄になってツッコミを入れたくなってしまう。

つまり、もうゴングが鳴った瞬間から、彼のリングには戦いの気配が薄いのだ。毎日それをやれとはいわないけれど、場合によってはしばらく表舞台から退場になる可能性のある試合くらい、なぜ天山が若くしてトップに立てたのか再認識させてくれるような、さすがの強さというものを見せてほしいのだ。

きっと、いい人なんだろうと思う。猪木のように性格が破綻したりということは絶対になく、昨夜の三沢のようにエルボーを打つふりをして、どさくさにまぎれて右のパンチを3発も入れるようなことはできないのだろうし、前田のように飲み屋で素人を半殺しにしてしまうようなこともなさそうだ。

しかし、そういう「伝説」がひとつもないというのも、困ったことなのだ。もはや nWoや天コジで、反体制をうたいながら「次」を狙う怒れる若者の時代は過ぎた。押しもおされぬ大エースという器に、すぐになる必要もない。とりあえずこれから10年、彼がファンに何を見せるのか。これまでのいろいろを脱ぎ捨てるのは、今がちょうどいいタイミングかもしれない。

いっそ原点のボディビルをもう一回やって、肩と胸に少し厚みをつけ、黒タイツで再スタートとか。あるいは、ガテン系の親分キャラに走るか。いや、やっぱりドームでメインをとらせる駒が足りないのだから、そういうのは会社が許さないだろうな。コメントは、「つぶす」「ぶっ倒す」「勝つ」というのは禁句。半年も何もいわないで黙っていれば、言葉が胸のうちで煮えたぎってくるだろうから。ぼくらはそれを聞きたい。

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