映画>柳川堀割物語

『柳川堀割物語』(高畑勲監督/1987)。 高畑勲が9か月ほどもロケして撮った、柳川の水路をめぐる16ミリのドキュメント映画。製作は宮崎駿。完成直後に上映会をやって以来、20年ぶりに観た。 柳川という町は、もともと有明海に面した低湿地で、いや、低湿地というだけでは足りなくて、いわば干潟の粘土の上に水まじりの土壌 …

新居昭乃さんのこと

新居昭乃さんには、ずいぶん昔、二回だけお会いしたことがあった。 最初はたしか1985年前後の久留米市文化会館の控室。うろ覚えだけど、YAMAHAのポプコンの予選があって、ぼくは審査員で呼ばれていて、彼女がゲストで来ていた。それだけなら会ったというほどのこともないのだけど、学生の頃から彼女の名前だけは知っていた。友人の …

石吾克也さんのこと

あら。石吾さん、ここ読んでたのね。なんか悪さを見つかったみたいで、気の利いた言い訳も思いつかなかったですわ。 さっき、渋谷で飲んでるという石吾さんから電話があって 「OOO-28のクラプトンシグネチャーを買ったんだってね」 「どどうしてそれを」 「なんかスピーカーと比較して考察してるということで」 「あわわわ」  …

長渕剛さんのこと

はずみだから、長淵さんのことを書くが、特に知り合いというわけではなく、先輩として憧れていたわけでもない。当時の印象としては、「ギターがうまいなあ」ということと「いろんな人がいるなあ」といったくらいのものだった。 高校入学直後から疾風怒濤期に突入したぼくは、あちこちでさまざまなものに出会い、また巻き込まれつつも、学校で …

白男川さんのこと

中学時代、適当に詩を書いたり喧嘩をしたりしながら、まずまず、普通の田舎の中学生をしていたぼくは、そのまま田舎の高校生となった。 進んだのは鹿児島県立鹿児島南高校というところで、教育県である鹿児島にあって、牧場にもたとえられるのほほんとした雰囲気はかなり例外的なものといえた。一貫校でもなんでもなく、ただの偶然なのだが、 …

河内健二という記憶

16歳の頃。ぼくにポール・サイモンを教えてくれたそいつは、ニコンではなかったけれど、オリンパスのカメラを持っていて、コダクロームではなくてエクタクロームで撮った花の写真などを、ハンディなスライドビュアでもって見せてくれたりした。 上の三行に出てくる単語のすべては、当時のぼくの人生において初出のものであって、ついでにい …

松下新平君のこと

夕方、新平君がみかんを持ってやってきた。 松下新平君は、「2003年度わが家を訪れた人々BEST10」のトップに輝く人であり、 一時は週に一度は会い、夢を語り合ってきた。 単に友人というだけでない深い間柄だったと思う。 ところが人の縁というのは不思議なもので、 顔を合わせたのは昨年の7月以来になった。 彼が参議院議 …

井上康生のこと

昨年の初夏、井上康生にインタビューする機会があった。 アテネ五輪直前ということで、当然、話はその方面になり、 「8月19日に、最高の状態で臨むこと。そして勝つこと」 と彼は言った。 実は事情が許せば、アテネへ行くつもりだった。 あの井上康生が、日本選手団の主将として五輪へ乗り込むのだ。 負ける要素はないといわれてい …

菊谷卓也君のこと

あなたがもし鹿児島や、ぼくたちのふるさとである谷山に何のゆかりもなくて、 菊谷卓也という名を知っているとしたら、もしかするとあなたは女性だろうか。 そしてミッション系の学校に通い、もしかすると合唱部だったりしただろうか。 世間では菊谷卓也という名は、カトリックの典礼音楽の作曲家として知られている。 あるいは、時々埼玉 …

トヤマさんに会うこと

自転車を買ってからというもの、「そこらをあてどなくうろうろする」というのが、日課のようなものになりつつある。 今日は、オクサンがお世話係を務める生け花講座の発表があるという、なんとかセンターの文化祭のようなものが、宮崎市青葉町のなんとかセンターであるというので、無視するのも今後の関係にヒビが入ると思い、あてどなく訪ね …