E46というのはBMW3シリーズの4代目、1998年から2005年の間に作られた、欧州車の分類でいうとDセグメントに属するクルマである。

ぼくらの世代でBMWというと、70年代に「羊の皮をかぶった狼」なんて呼ばれた2002ターボを思うわけだけれど、3シリーズはこの02シリーズとは直接の関係はないものの、車格的には後継の位置づけで、初代E21(1975~1983)、二代目のE30(1983~1994)、三代目のE36(1990~1998)ときて、E46を経て、現在は五代目のE90(2005~)が販売されている。

日本のクルマのように、ヴィッツとかクラウンとか、車種ごとに名前がついていないので、3シリーズはもう35年間も3シリーズのままであり、モデルチェンジを繰り返すごとにコードネームで呼ぶしかない。だから、E46という呼び名は、それ以外に呼び方はなくて、同様に5シリーズの場合は、年代ごとにE12、E28、E34、E39、E60などと呼ぶことになる。

モデルチェンジのサイクルが8年くらいと、一般的な日本車の二倍以上あり、ひとつの時代とリンクしやすいため、たとえば、E30に乗ってたんだというと、ああ、景気が良かった頃だなあ。六本木カローラとかいってた時代だよなあとイメージできたりもする。

若い頃から、BMWというクルマをそんなに意識してきたわけではなかった。20代の頃、たまたますれちがった、あれはたぶんE30のワゴンだけど、そのガンメタみたいな地味な色合いの、妙に角張った印象のクルマが、のんびりと走ってくるのを見て、「ああ、珍しいな。BMWのワゴンなんてあるんだ。いいクルマなんだろうなあ」と素朴に思ったことだけを覚えている。

その後も、BMWとは何の関わりもなく生きてきたのだが、2003年のある日、鹿児島で真っ白なボディのE46を見た時に、なにかの衝撃が走った。クルマのデザインとして、あんなに美しいシルエットがあるのかという、まさに見た目100パーセントの一目ぼれ。まあ、一目ぼれというのはたいがい見た目100パーセントなのだろうと思うが、言葉では説明がつかないツボへのはまり方をした。

家に帰って「BMW、いいな。あれはいいな」とオクサンに話すと、「はあ」という返事。何しろ当時、家を建てたばかりですっかんぴんであり、年金はおろか保険料を払うのもやっとこという状態であって、いくら男は夢を見よといっても、ちとリアクションに困ったことと思う。

今、歴代の3シリーズの写真を眺めてみても、やはりE46のデザインが最高と思う。E30が一番とがってて、硬派で格好いいとも思うのだが、E46はその完成度、艶っぽさ、賢そうな顔、特にワゴンのリアに流れるラインなんてのは、なんともいえない品があるのだ。

翌年、まだ夢がさめないでいたおれは、オクサンを連れてディーラーへ行く。ガイシャのディーラーというのが、あんなに気恥ずかしいものであるとは知らなかったのだが、気恥ずかしくても、そこにしか売ってないのだから仕方ない。すっかんぴんの身の上ながら、涙ぐましくも可能な限りオウヨウに振る舞い、夢のE46を試乗してみた。

黒くて無愛想だけど、よく考えられたメーター回りのレイアウト、ハンドリングの質感、エンジンのなめらかさ、踏み込むとバイクのようにタコメーターが上下する反応の良さ、どこにも飾りがないのに、それまで乗ったクルマとは比較にならない質感の高さ。ここで、いわゆる高級であることと、上質であることは、別の次元の話であることを知った。そして、上質をめざすということは、誠意とか情熱などといったココロの問題であることまで、わかってしまった。

つまり、一目ぼれから、さらに深く惚れ込んでしまったわけなのだった。

もらって帰ったBMWのカレンダーの、ある月に載っていたE46はすでに後期型の吊り目になっていた。その銀色のE46セダンの写真を寝室の壁に貼り、飽くことなく眺めていた。こんなに、即物的に憧れの対象となる写真を壁に貼るというのは、わが生涯で初めてのことであり、高校時代、友だちが山口百恵だのアグネス・ラムだの、バリー・シーンだののポスターを貼っていた頃、おれの部屋に貼ってあったのは、ピラミッドとアントニオ・ロッカとバーンスタインだった。

そのE46のポスターが、おれの夢をつなぎ、さらにしつこくオクサンを連れてディーラーに通う。試乗車に乗って、椰子の植えられた青島バイパスを通り、サンマリンスタジアムまで走るのがお決まりのコースで、そのたびに、隣に座るオクサンに「どうや、これ」「いいなあ、これ」などと声をかけるわけである。依然として経済は回復しない。

足かけ3年にもわたって試乗に通いながら、なかなか買わないワタシらは、ディーラーにとっても非常に微妙な存在であったことと思うのだが、そんなことでめげるおれではない。ついに担当の営業が退社しても、イベントがあるたびに出かけていった。

やがて、あれほど敷居が高く、気恥ずかしいものであったディーラーの雰囲気が、通いつけのラーメン屋のように普通になり、しつこく育ててきた夢は、確信に変わる。もうこげんなったら、先がどげんなってんかまわんけん、買うちゃるばい。と、なぜか久留米弁で心を決めたところで、E46はモデルチェンジをしてE90になってしまったのだった。

E46の後継であるE90には、まったく心が動かなかった。この時点で、中古のE46を買うことに道は決まり、400万円~の予算は一気に200万円~まで下がることになる。「それにだな」とオクサンにいう。「モデルチェンジでお金持ちがE90に買い替えるだろうから、E46の出物が増えるばい。チャンスが来たようですばい。にひひひひ」などと、おれは気持ち悪く笑ったりしたのだった。

それから、さらに1年かけて中古車を探しているうちに、318iツーリングの白か銀、できれば高年式のハイラインというイメージにぴったりのクルマが大阪のディーラーで見つかる。こういう売れ筋のクルマはディーラー間取引もむずかしいらしいのだが、無理をいって取り寄せてもらった。

そして2007年2月、めでたくわが家にE46がやってきた。このクルマの出来がどうのこうのというのは、今となってはどうでもよくて、もともと見た目で選んでいるのだから、語るほどのこともないのだが、小さな夢であったにしても、それがかなっていく過程は、なかなか味わい深いものだった。

夢は、一度かなえると癖になるという。たしかにそうだと思う。