男は、15歳を永遠に繰り返していくものである。と、誰も言っていなければ、ワタシがここで言うわけである。

家で音楽を聴くのが好きだった。自分の家であれ、友だちの家であれ、とにかくジャズ喫茶やライブ喫茶やロック喫茶よりも、おそらくホールでのちゃんとした演奏よりも、家で音楽を聴くのが好きな少年であったと思う。

それはたぶん、音楽そのものにもまして、その時に隣にいる友だちや先輩と話を交わしたり、コーヒーを淹れてもらったり、淹れてあげたり、新しい銘柄の煙草を教えてもらったり、そんなことが好きだったのだろうと思う。

半年移れば、はっきりと時代が変わっていった頃。音楽は、その激しく流れていく時代を受け止めるアンテナであり、また自分を見失わないための指標でもあった。そんな少年同士が初めて出会った時の挨拶は決まっていたものだ。最近、何読んでる?と最近、何聴いてる?だ。

時代はすっかりと停滞し、誰も他人が何を読もうと、何を聴こうと関心もなく、こちらもだいぶ年をとってきたけれど、その頃、聴いた音楽の延長にあるものを、いまだに聴いている。再生装置も、もとがドケチオーディオの長岡鉄男の信奉者であるから、そんなに無茶な買い物もしてこなかったけれど、それはほんとうに恥ずかしいくらいのものでもあるのだけれど、15の頃よりは、だいぶましになった。はずだった。

でも、どこか、心にすきま風が吹いているのを、ずっと感じていたのだ。その理由が、今夜、なんとなくわかってしまったように思う。

15歳で疾風怒濤期に入るとして、いくらなんでも20歳になれば、多少は落ち着いてくるのだが、ぼくが20歳になった1980年頃というのは、デジタル録音が本格的に始まり、その2年後のCDプレーヤー発売につながっていく、いわばデジタルオーディオ元年といっていい年だった。つまりぼくは、一番多感な時代を、徹底的にアナログの音で、つまりアナログ録音によるLPレコードで仕込まれてきた最後の世代だということができる。

その時代に聴いて、心に刻み込まれてしまった音のシステムは、

カートリッジ:DENON DL-103S 、SHURE V-15 TypeⅢ、DECCA MARK Ⅴ
プレーヤー:YAMAHA の何か
フォノイコライザー:回路がむきだしの自作CRイコライザー
スピーカー:DIATONE 2S-208のユニットによるトールボーイバスレフ
アンプ:自作KT66プッシュプル

というもので、これでバッハから、リー・リトナーまで聴かされていた。生まれたての蚊のようにウブだったぼくを、家に招き、導くように聴かせてくれた先輩がいたのだ。装置の持ち主は、菊谷(白男川)さんという。当時、ぼくは15歳で、彼は17歳だった。

今、ぼくの部屋の金田式A級30W(これも白男川さんにもらったものだ)、自作パッシブプリ、1650AL、スーパースワンというシステムは、スケールはともかくとして、音楽を奏でるという点において、今の水準でも十分に互していける魅力があるものと思っているのだけれど、やはり、どこか、心にすきま風が吹いていたのだ。

たとえば、あの頃、MARK Ⅴで聴いたバーデン・パウエルの音源を、CDで持っているのだけれど、あの時に感じた、スピーカーから、何かざらざらした透明なものが、こちらに向かって飛んでくるような熱さはない。リー・リトナーのジェントル・ソウツも、CDではよく低音が弾んで、かっこいい演奏ではあるけれど、それだけのことだ。

それは、ひどい言い方をすれば、どこか抜け殻なのである。どこに置いてきちゃったの、といいたいくらいに、あの頃に感じたそれぞれの音源の本質的な部分が、抜け落ちてしまっている。もっとも、お酒を飲めば、多少、そうしたものを感じる時もないではない。だから、最近では、おサケを飲まないと音楽をかけない。いずれ、サケ抜きでは音楽を聴けないカラダになるのではないか。

今さら、アナログVSデジタルなんて、話に戻ろうとは思わない。そんな不毛な話よりも、今まで見落としていた、大事なことがあったことに気づいた。

「今からでも、レコードを聴けばいいじゃないか」

もっとも、アナログ装置でデジタルを凌駕する音を出すのは、茨の道であることは知っている。普通にかけられるお金と手間の範囲の話であれば、総体としてアナログに勝ち目はない。

だが、うちのパワーアンプは、金田明彦というアナログ再生の世界では、「神の耳」といわれる天才が設計した。サケでいえば灘の生一本、吟醸中汲みというほどのクオリティをもつ。スーパースワンも、あの反応の速さで、そこそこ、がんばってくれるだろう。

そんなわけで、さきほど、1980年製のDENONのターンテーブルを、オークションで落とした。ついでに、やはり基本ということで、DENON DL103SLという、89年に2000台の限定で発売されたカートリッジを、「どうだ」というほどの値段で入札した。これは、ボディにセラミックを使って強度が向上したおかげで切れ込みが鋭く、長岡鉄男推奨のカートリッジだったので、どうしてもほしい。

フォノイコライザーは迷ったけれど、フォノイコの差にこだわるまで沼にはまるつもりもないので、DL-103専用ともいえる昇圧トランスAU-300LCをアマゾンで買った。これは数年前まで11000円だったのが、諸物価高騰のあおりで21000円になっている。それがなぜかアマゾンで8000円で売っていたので、飛びついた。何しろ、SHURE V-15 TypeⅢは、とっくに生産をやめてしまっているので、当座、MMのことは忘れてしまうことにする。

これで、八城一夫の「サイド・バイ・サイド」と、オスカー・ピーターソンの「ナイト・トレイン」をとりあえず聴いてみたいというのが、ささやかな夢。いずれも、CDで買う機会はあったのだけれど、いまだに持っていない音源なのだ。ぼくにとっては、17、8歳の頃にジャズ喫茶で聴いて以来の、幻の音源ということになる。

あの大きなジャケットから、黒い音盤をひらりと抜き出して、親指と中指で盤を支えてターンテーブルに置き、ジャケットを見えやすい場所に立てかけて、すっと、リスニングポジションに戻ってくる。あの頃、誰もが身につけていた作法を、ぼくはまだ、覚えているのだろうか。