D-18GEきたる(2)
D-18GEの購入にあたって、二台のギターを取り寄せてもらい比較しました。全国の島村楽器に二台しかなかったということだろうと思います。
一台は福岡から来たので、仮に福岡君とします(^^;)。こちらは、うーんとうなるしかない見事な音。高音はシャリーンと伸びるだけでなく、あたりにきらきらとした光をまき散らすような感じ。低音はどかどか響いて、特に6弦のサスティーンはいつ止まるか知れないほど、深々と伸びます。ぱっと聴きに、いい音で、いわゆるよく鳴っているギター。人がD-18GEに期待するものを濃密に備えている楽器でした。
もう一台の名古屋君の方は(^^;)、弾きはじめてすぐに「おっ」と気づくくらい、福岡君とは個性がちがいます。これは個体差というには、あまりに大きなちがい。高音の伸びはほどほど、低音の迫力もほどほどですが、全体に非常にまとまりがよい。福岡君の方は、あえて悪口をいうとドンシャリの中抜けサウンドといえないこともないのですが、名古屋君は、誰かギターの中でミキシング卓を操作してるんじゃないかと思うほど、まるで録音のいいCDで聴いているような音が出てきます。「音源としての楽器」という観点からみると、これはめったにみないウエルバランス。ひとつの理想といってもいい。
これには悩みました。約1時間、とっかえひっかえ。念のために弦をまったく同じものに再度張り替えてもらって試奏してみても、その個性のちがいはあきらかです。おそらく、中川イサト先生が目の前にいれば「おれなら名古屋君かもなあ」とおっしゃるでしょう。特に中音の充実ぶりが素晴らしいですし、低音らしい低音、高音らしい高音というものが音楽の邪魔をすることは決してない。こちらの方が10万円か20万円くらい、高い楽器かと思うほどの品格のようなものがあります。
福岡君の方は、ギターを弾かない人が聴いたら、こちらの音によろめくと思います。圧倒的な鳴りと、華やかさ。ただし、少し和音の数が多くなってくると(弦が新品ということもありますが)、自分で何を弾いているのかわからなくなるくらい、サスティーンの音場に包まれてしまいます。それはもちろん、大きな魅力でもあるわけで。
ストリート派の福岡君、ラグタイムなら名古屋君で決まりでしょう。でも、ぼくはどちらでもない。ルックスは名古屋君の方が表面板が美しく、福岡君はベアクロウのような傷が少し入っています。それも決めてにするには弱い。もうこうなると仕方がありません。夜は友だちと綾でお泊まりの約束があったので一度引き上げ(^^;)、一晩お酒を飲んで、翌日、結論を出しました。
選んだのは、福岡君の方です。決めてとなってのは、音楽性というか、情感の部分でした。弾いていて感情移入しやすかったような気がしたわけです。いざとなるとドカンとくる圧倒的なパワーを引き出せるので、かえって弱音を余裕をもって弾ける。いわゆるダイナミックレンジの大きさに由来するところのものでした。
このへんは、オーディオでいうと高能率スピーカーが好きという自分の好みとも一致するわけで、やはり長岡教徒の血は争えないところなのかもしれません。
というわけで、長岡鉄男の文体でこのギターを評価すると、
高音はめざましく切れ込み、ハイスピード。ダイナミックレンジは広大で、信じられないほどのサスティーンが生成する音場は、ギターの存在を無視して部屋いっぱいに広がる。低音域はアタックに応じて自在に反応し、弱いタッチでも音程は明確、芯のある深々とした低音を出してくる。レスポンスは、まるで枯れたギターのように全域にわたって鋭敏。価格を超えたスケール感。新品のパリパリだが、エージングでさらに細かいニュアンスも出てくるだろう。近来まれにみるハイCP機である。
といったところでしょうか。
あと二台に共通した特性として、弦が半ランクほど柔らかく感じるということがありました。ミディアムがライトに感じる、というとおおげさなのですが、いつものマーチンSPライト(ブロンズ)が、妙に柔らかく演奏性がいいのです。これは単に弦高に由来するものと考えるべきなのでしょうが、弦を低くセッティングしても腰抜けにならないパワーがあるので、そのように感じるのかもしれません。