昨年の初夏、井上康生にインタビューする機会があった。

アテネ五輪直前ということで、当然、話はその方面になり、
「8月19日に、最高の状態で臨むこと。そして勝つこと」
と彼は言った。

実は事情が許せば、アテネへ行くつもりだった。
あの井上康生が、日本選手団の主将として五輪へ乗り込むのだ。
負ける要素はないといわれていた。世界最強の一人といえる
肉体と技術をもちながら、柔道家らしいおおらかさと、
心根の優しさをもつ彼が、金メダルを獲るところを見たかった。
でも、彼は負けた。

当日、テレビの前で、ぼくは自分の気持ちの整理をつけることができなかった。
井上康生は、ただの柔道家ではない。
すでに武芸者といえる境地に達していて、本人もそれをめざしてきたと思う。

日本人対外国人の対決では、ここ10年かもっと前から、
「組まずに逃げ、瞬間的に引っ掛けたり足をとったりする柔道」が
国際標準になり、日本選手の『柔道』が苦戦する場面が幾度も見られた。

彼の内股は、そうした「国際標準」を黙らせるものでなくてはならなかった。
「日本の柔道は世界から尊敬されている。それにふさわしい柔道をする」
と、その時も彼は言っていた。
「攻めて攻めて攻め続ける柔道を父から習った。それを見せる」とも。

井上康生は、自分が勝つことで柔道を守り、柔道をアピールし、
日本選手団を鼓舞する役目まで背負っていたと思う。
しかも、日本の武士としてのやり方で。

あの日、井上康生に何が起こったのか、ぼくには想像もつかなかったけれど、
その後も復活どころではなく、10日前の大晦日の日ですら、
その柔道は原型をとどめていない(父・明氏)ほどに壊れていたのだという。

そこから、立て直してきた。そして嘉納杯の優勝。
今の井上康生からすれば、信じられないような奇跡なのかもしれない。
凄いことだが、その結果の凄さをすら超えたところに、
井上康生はいるような気がしている。

人は負けた時の強さが大事なのだと思う。
アテネの金メダルよりも価値がある優勝を果たして、
彼は泣いたが、ぼくは泣けなかった。
ただ、一人の男しての、その凄さにふるえていたのだった。