亀田興毅VSランダエタ
この試合で何が驚いたといって、翌朝の新聞の論調だった。「史上最大の不可解判定」とする関係者某のコメントまで載っていた。
全然、不可解ではない。12ラウンド終わった時点での印象点ならば、亀田に勝ち目はないだろうけれど、各ラウンドごとに点をつけていくのだから、試合終了後の印象と異なることがあるのは、いわばボクシングの常識だ。
ましてマストシステムで、イーブンはなるべくつけずに、わずかな差でも10-9とつけることになるのだから、亀田の前進と左右ボディフックに点を与えて、ランダエタの軽打を無視するジャッジがいてもいい。それもボクシングのうちであるという、このこともまた、常識だろう。
あの試合は、おおざっぱにいって、トータル点のプラスマイナス1.5点から2点くらいは誤差というか、ジャッジの解釈の範疇だった。その意味では、112-115、115-113、114-113 という判定は、きわめて妥当といえる。ランダエタが明確に点を取ったのは、1Rの2ポイントと、11R、12Rの各1ポイントで、あとはジャッジの解釈次第だろう。
このくらいの判定を不可解というのなら、もっと理不尽で不可解な判定は史上いくらでもある。年間だけでもいくつもある。いや、全試合の数割の試合は不可解というべきだろう。村田英次郎の二度にわたる無念は、昨夜のランダエタのそれとは比較にならない。要するに、それがボクシングなのであって、そういうルールであることを知っているはずのマスコミが、こういうことを書くのが、ぼくには気持ちが悪い。
亀田人気によって、ふだんボクシングなんか見ない視聴者が、大勢あの判定に文句をつけたというのはわかる。誰もがマストシステムルールで何が起こるかを知っているわけではない。だが、その尻馬に乗って、さもそれが正義の論であるかのように振る舞うマスコミの論調に、どうにもならないたちの悪さ、品格の卑しさを感じる。
こないだ、同じようなのがあったなと思ったら、堀江貴文・村上世彰へのバッシングだった。よくもあんな風に、手のひらを返したようなことがいえるものだと思う。
この試合、亀田の技術の低さは目についたにせよ、単純にボクシングの試合として、とても面白かったし、番組のソフトとしては、ほぼ完成していたと思う。別に負けていてもいいし、イーブンでもかまわないが、少なくとも勝ったのがおかしい、という試合では絶対になかった。ホームタウンデシジョンとすらいえないジャッジに、ここまで全国民的に異を唱えることの方が、ぼくには気持ちが悪いのだ。
いったい日本人の感性の中で、何が起こっているのだろうかと思う。