岩城宏之の言葉
あれはたぶん、1975年の3月の終わりか4月の始めだったと思う。中学の卒業式を終えて高校の入学を待つ、なんだか宙ぶらりんな春休みの午後に、FMラジオからこの人の声が流れてきた。「新人に贈るなんとか」といった趣旨の番組だったのだろう、岩城さんが妙に熱のこもった口調で語っていた。
人の言葉が血肉になる、ということはその後も何度かあったのだろうけど、ぼくにとってはこの時の岩城さんの言葉くらい、自分の根っこに食い込んでしまったものはない。録音もしていなかったので、一度聞いたきりなのだが、こんな感じだった。
「人間というのは、結局あんまりたいしたことはできないと思うんです。ベートーベンが偉いったって、そりゃ一人で九つも交響曲を書いて、もちろん偉いんだけど、それで別に地球の運行が変るわけでもない。宇宙からみれば、ほんとに小さな人間。その小さな人間が、何かやってやろう、こんなことも、あんなこともやってやろうと、それに向かってジタバタジタバタする。結果として、そんなにたいしたことはできないかもしれないんだけど、ぼくはそのジタバタさ加減こそが、人が生きることの意味だと思うんですよ。何をやったかという結果よりも、ジタバタし続けること自体が大事だと思うんです。」
15歳の少年にとって、こんなに将来に希望をもたせてくれた言葉もない。そうなんだ、結果はともあれ、とりあえずジタバタすればいいんだなと。自室の深緑色のカーペットの上に、ぽんと置いたソニーのラジカセ。ベランダ越しのやわらかな光。そこに響く、なんだか舌足らずなような岩城さんの声。
岩城さん本人も、生涯を通じて相当ジタバタした人だった。23歳でNHK交響楽団の指揮者としてデビューして以来、そのジタバタさ加減は、華麗にして壮大、見事な実りも生んできたわけだけれど、彼がそのジタバタの現場で熱く激しく純粋だったことが、ぼくにはわかる。昨年の大晦日も、一夜でベートーベンの交響曲をすべて、第一から第九まで指揮した。彼は最後までジタバタしてみせてくれたのだ。
6月13日、逝去。ほとんど歩くこともかなわない肉体で、彼はその三週間前まで指揮棒を振り続けた。