まじいこと
朝5時半まで仕事をしていたので、もう少し寝ていたかったのだけど、9時半に電話で起こされる。
今日はしこたま原稿を書くつもりでいたのに、頭から顔の前面にかけて、「熱めの葛湯」がおおっている感覚であって集中力がまったくない。疲れている。
少し寝るかと、11時から12時半まで寝る。まだ疲れている。お腹がすいたので、少し食べると、もっと疲れる。時間はどんどん過ぎる。まじい。
夕方まで、寝たり起きたりして過ごす。こうなると仕事のことを考えるのに、そこはかとなく恐怖心まで湧いてくる。上司がほしいと思う。上司がいれば、せめて怒ってくれる。こらあと怒ってもらうことが、どんなにありがたいことか。もう15年も上司がいない。
長いことこの仕事をやっているのに、しかも好きでやっているのに、まじいぞ、まじいぞと考えるだけで、少しも頭が創作の方に向いてこない。
この仕事をやっている人は、みんなそうなんだろうと思うが、この「まじいと思いつつ進まない」状態に陥ることは多くても、実際に締め切りが守れなかったとか、どこかに逃げたとかいう例は希だ。いや、そういうのは若いうちにとっくに淘汰されて残っていない。
でも、こないだ一人、逃げたらしい。もちろん即退場であって、同情もされずに、ただ業界の大笑いのタネになるのだが、みんな怖さを知っているから笑うのだ。それを乗り越えたやつだから笑えるのだ。ぼくも大笑いした。逃げた理由が身にしみてわかるから、おかしさがこみあげてくる。
結局、今まで残っているやつは、一度も約束や締め切りをたがえなかったやつであって、あるいは10年、20年、30年と締め切りの直前に風邪もひかなかったやつであって、やっぱりどこか変なのだ。
午後8時、まだ書けない。能力からすれば、どってことない仕事だ。でも、昨夜だって昔なら2時間の仕事のはずが、結局5時間半かかった。ていねいにやったということもあるけれど、5時間半も続けて一本の原稿を考えたことなんか、これまでなかった。よく頭がもったとも思う。
午後11時30分。ようやく書き始める。頭をおおっていた熱めの葛湯がきれいになくなって、頭がとてもクリアである。これはこれでまじい。この状態のうちに書くだけ書こうと思えば、また今夜は徹夜ではないか。昨夜も少し睡眠が足りなくて、昼間あんなに疲れていたのだから、今夜徹夜をすると、明日は廃人だ。
覚醒剤がほしいというのは、こんな時なんだろうかと思う。今日の昼間のあの状態が何日も続いて、今のこの覚醒の状態がずっとなかったとしたら、身の破滅だ。幸い、今、書ける状態になっている。でも、やめた方がいいような気もする。
もしかしてあの葛湯が、休め、止まれ、寝ろ、遊べというシグナルなのだったとしたら。いや、たぶんそうなんだろう。思いきり書ける状態なのだが、ためしに寝てみることにする。締め切りは、どうにかなる。たぶん。