映画>ローレライ

『ローレライ』(樋口真嗣監督/2005)。また潜水艦ものだ。『眼下の敵』、『U-571』とはだいぶ毛色がちがって、これは戦場を舞台にしたSFスペクタクル。というか、アニメと呼んだ方が早いのか。
構想は壮大、役者もいいし、カメラもいい。艦内の所作などの考証もちゃんとしようという姿勢も感じられる。ただ、どうにも台詞が甘くてたまらなかった。作家として言いたいことは一度か二度、言えばよい。一番いいのは、言葉にしないでそれを伝えることなわけで(それが映画にしかできないことであり)、こんなに何度も希望だの生きろだの言われても、戦場にいる者の言葉としては軽すぎる。要するに芝居として破綻している。
乗員が艦長に駄々をこねるシーン、作戦行動中の艦から自分の意思で離脱するシーンなど、いくらなんでもありえないわけで、こういった戦場のリアリズムをしっかりしておかないと、物語そのものまで破壊されてしまう。もう少しで「いい映画」になるところだったのだが、原作を脚本化する時点ですでに先が見えてしまっている。
あの「かんちょおー」という、なんとかいう若者の甘えた叫び声は夢に出そうだ。あの声のトーンが、この映画のすべてだと思う。
どんなに破天荒な構想を持ち込んでもいいし、超能力美少女が何をやってもいいけれど、基礎的な部分であり得ないことをあらしめないことを守っておかないと、あり得ないことが展開する映画的な驚きや喜びまでかすんでしまうことの好例なのだろう。
そのへんをちゃんとして、せめて映画の骨格くらい整えることが、広島や長崎まで引き合いに出してしまった者の責任でもあろうと思う。原爆を出した時点で、おちゃらけはなしなのだ。
こんな最初から水漏れしているような映画を、一応観れるものにしたのは役所広司につきるが、彼とてもあの台詞を与えられたのでは、どうにもならなかった。
総評:アニメ好きには可。というと、アニメ好きが怒るか。