ここ15年ほど、市販スピーカーの世界から目を離しているうちに、どうも世間ではトールボーイ型のエンクロージャーが幅をきかせるようになっていた。

15年前は、小型2ウエイのブックシェルフが花盛りで、そいつを出来のいいスタンドに載せて鳴らすと、素晴らしい音場感が楽しめるのだという、そんな方向だった。今にして思えば、それは80年代の物量を投入した大型フロア型3ウェイへの時代的な逆流であり、またバブル崩壊後のダウンサイジングの流れが、スピーカーの世界にやってきていた、ということになるのだろう。

で、ここ15年の市販スピーカーの流れについて、ワタシがまったく無明であったかというと、そんなわけでもなくて、音が良くてコストパフォーマンスがいいとされるスピーカーのいくつかは聴いたことがある。それらの多くは、トールボーイの3ウエイ3ユニット/4ユニットというもので、なるほど音はきめが細かく、洗練されていて、絹のような音がしたのだが、どうも何を聴いても同じ音に聞こえてしまう感があった。

FE-108Sの無色透明な(これもまた偏った見解であるにちがいないのだが)音に慣れてしまっていたので、比類なき美音とされる音が、付帯音のかたまりに聞こえていたのかもしれない。また、ずっとフルレンジで通してきたので、ユニットの数が4つもあるというだけで、ちょっと目をつぶりたくなるようなところがあった。(これは、あきらかに偏見だろうね)

で、この間に、いつも頭にあったスピーカーが、いくつかある。タンノイのスターリング、JBLの4338など、ALTECの604系…。それぞれ、共通するところはほとんどない、独立独歩のスピーカーで、さまざまな個性から発しながら、やがて時代的な収斂に向かうというよりは、薄明の昔から続くブランドの本能に身をまかせるままにまかせながら、現代まで命をつないできた古豪である。

おそらく、この選択に自分の好みなどは反映されていない。というよりも、オーディオ的な些末な好みなどに右往左往するくらいなら、それが閉じたものであったにしても、憧れるままに幻に終わったかつての音に、しばらく浸っていたいという欲求が強かったのだろうと思う。

今でも、これらのうち、ひとつはほしいと思う。若き日のかなわなかった恋のように、しぶとく残り火が続いている。このラインナップを見て、失笑、苦笑、爆笑した人も多かろうけどね。若さゆえの恥をおそれてはいけないのだ。その憧れが無垢なものであるほどに、同時に滑稽でもあるというのは、古来不変の法則ではなかったか。

思うに、スピーカーを選ぶということは、曖昧で漠然とした夢のイメージに、太い実線で、ぐいと枠線を引くようなものである。とりあえず国境は定まったから、中のことを考えましょうか、という話になる。スピーカーは、すべてを規定し、そこからはみ出ることを許さない。あらゆる機器の特性を忠実に再現するというモニタースピーカーにしても、それは同じことで、むしろアルテックにしろ、三菱にしろ、各種BBCモニターにしろ、そこらにありふれたスピーカーより、さらに強烈な個性を持っているように思える。

人は、スピーカーのもつ個性と能力の中で生きていかなくてはならない。だから、スピーカーを変えるということは、オーディオ人としては肉体を替えるのと同じくらいの意味をもつ。と、リキんでみたりするわけである。ちと、街に灯が帰ってきたかな。

で、世間はトールボーイ型である。設置面積は小型並みで、容積は大型に準ずるからスケール感が出るという利点がある。小型ブックシェルフも、いずれにしても、時にはスピーカー本体よりも高価なスタンドに載せないことには、まともな音はしないので、それなら下を伸ばしてトールボーイにした方が、お得でもある。

ただ、従来、トールボーイ型が少なかったのは、ひとえにいい音のするシステムがなかったからだろうと思う。小型ブックシェルフの下を単純に伸ばしたものには、板鳴り、箱鳴りによる不要共振で低域の高い方がふくらみ、ぼわんとしただらしない音になるものが多かった。そこを押さえ込み、小型の俊敏さと、大型のスケール感を出すには、ユニットも箱も、素材や構造に工夫がいる。そのノウハウを醸成するほどの需要がなかったのだともいえる。

トールボーイ全盛の背景には、もちろん薄型テレビの普及がある。従来より横幅が大きなテレビの両サイドに置くには、この形でなくてはならない。だから、廉価品も普及品も入門用もマニア用も、こぞってトールボーイとなり、さらに(主に見栄えの観点からだろうと思われるが)、ユニットの数が無駄なほどに増えた。6畳や8畳の部屋に4ユニットのシステムを置くというのは、ナンセンスではないかと思われるのだが、とにかくバッフルをユニットで埋めないと、モノが売れないというのは、古今東西、同じなのだろう。

ワタシの些末で些細なイズムは、理想はフルレンジ、せめて同軸型にしなさい。さもなければ、タンノイやJBLのように、思考停止できるほどの魅力がある、閉じた世界に身をゆだねなさい、と心もとなくささやくのだが、君子は豹変することがある。ジャガーチェンジである。この際、トールボーイ多ユニットの、時代の音というやつを、しばらく探求してもいいかという気がしている。