tubo.jpg

あの、あれですね。人生というものは、石けんの銘柄から職業や伴侶にいたるまで、どっちにしようかなとか、ほんとにこれでいいのかなとかいう、取捨選択の積み重ねでできているわけでありまして、その人の周りにあるものというのは、きっとその人の人生を構成するパーツであるといっていいと思うわけです。もっというと、その人そのものといえるのかもしれない。

ひるがえってわが身のことを考えてみますに、なんじゃかんじゃ、なんじゃかんじゃと、膨大なモノに囲まれて生きているわけです。今、これを書いているキーボードの半径40cm圏内にあるものを挙げてみましょうか。

マウス、マウスパッド、ワイヤレスマウスの電波を飛ばすやつ、WAVIO SE-U55SX、ニコンのCOOLSCAN V ED、BUFFARO のUSB HDD、同じくワイヤレスLANのルーターおよびその子機、ALTEC のPCスピーカー、EPSON PX-G5100 、電解水の入ったスプレーボトル、薬用目薬2種、タグホイヤーの腕時計、天然はっかスプレー、貴命とかいうよくわかんないボトル、ブラウンのシェーバー、カミノモト薬用育毛剤、auのW42CA、AZZARO CHROMEのボトル、ヒョウタンツギの置物、カルチェの名刺入れ、ダンヒルの名刺入れ、レイバンの眼鏡、参蒜精およびそのカプセル、ミルマグLX120錠入り、携帯シェーバー、デパス2錠、キーホルダー3つ………。

ぎゃあああ、なのであります。これで、まだ3分の1も書いておりません。要するに、とっちらかっているのですね。ぼくのデスクトップは、ほぼ、貝塚といってもいい状況になっているわけです。

あまりの情けなさに、このモノどもひとつひとつがわが人生の一部だという先の見解を、今、ここで速やかに撤回したいのですが、たぶん、それは事実なのでありましょう。少なくとも、ある取捨選択の末にここに貝塚となって堆積しているわけですので、人生とまではいわなくとも人格の一部くらいではあるにちがいないわけです。

こうなると、もう、その事実を直視するほかはありません。そこで、思い立って「最近のお気に入り」というカテゴリを立ててみました。人様からみれば、つまらなかったりしょぼかったりするものでも、なんか妙に気になるとか気に入っているものというものが、常にいくつかあります。

もちろん、オーディオだのカメラだのギターだのといった、一応趣味といえるようなものは、ここには入ってこず、もっとどうでもいいようなものなのですが、そのどうでもいいようなものにも、人生のひとつの本質としての取捨選択は働いているわけで、案外、どうでもよくないのではないかという、バカ特有の思いこみで本日より始めてみたいと思うわけです。

人は、おそらく決心で動くのではありません。決心というのは、成り行きに後からついたハンコみたいなもんだろうと立川談志はいうわけですが、それほど乱暴なものでもない。おそらく人は、日常の中の一瞬一瞬に、何を捨て、何を選ぶかという、反射的な判断によって人生の大半を組み立てているのではないか。そうすると、たまたま店頭で買い物かごに放り込んだ、袋ラーメンひとつにも、なかなかないがしろにできないものが含まれて…、いるはずはございません。ただ、ひとつの、なにがしかの状況証拠ではあるのでしょう。

そんなわけで第一弾は「キムチの壺ラーメン」であります。140円くらい。韓国の人は、鍋にインスタントラーメンの麺をぶちこむのが好きですが、普通の麺では面白くない。やはり、この製品のように、あくまでも太く、煮込んでも腰がくずれたりしない雄々しさがなくてはいけません。

また、このスープが、インスタントのくせにちゃんと韓国の味がします。ここで気づいたのは、いわゆる「チゲ鍋の素」にコチジャンが入っているものは、あれは日本人のイメージの産物であって、韓国のチゲとは遠いものではないかということです。ぼくが韓国各地で食べたチゲには、一部の例外をのぞくとコチジャンは入っておりませんでした。入っていてもごく少量のことで、基本的には、塩と、唐辛子と、イワシの出しだけで味付けをするのが本筋であります。それだけで、あの深い味を出すのが正統というものであるわけです。

このラーメンは、まずスープだけ作っておいて野菜と魚介類を放り込めば、そこらで売っている「チゲ鍋の素」などよりも、はるかに立派なチゲが出来上がります。あらかた具を食べてしまってから麺を入れて仕上げとする。などという贅沢が味わえる、「キムチの壺ラーメン」の実力は、あの懐かしいマダム・ヤンすら凌駕するのではないかと、秘かに考えておるところであります。