今、手元に、キヤノンEOS-1、ミノルタTC-1、リコーGR1、コニカHEXERの4つの銀塩カメラと、キヤノンのIXY 910 ISというコンパクトデジカメがある。特に写真が趣味ということはないのだけど、いつのまにか増えてしまった。

もっとも出番が多いのはGR1で、次にTC-1とIXYが同じくらい。ちょっと画角を変えてみたい時にHEXER、EOS-1は滅多に使わないのだけど、こないだ仕事でカメラマンが行けなくなって、しょうがないのでスクランブルで自分で撮った。さすがにきれいだった。

上のようなラインナップであるからして、そろそろ、デジタル一眼がいるかなあと思い続けて、何年かたってしまった。どうもほしいのがなくて困る。それに第一、製品のサイクルが液晶テレビ並に早いので、わーい買った買ったと喜んでいても、2年後くらいにはどうせ買い換えたくなるに決まっている。

そうなると、レンズは使い続けるだろうから、どこかひとつのメーカーと心中しなくてはならない。それもなかなか決まらない。一応キヤノンかなとも思うけど。

ひさしぶりに、撮りためていたスリーブを10本ばかし整理した。整理といっても、フジフィルムのRFスペアというシートにスリーブを入れて、付属の紙に撮影月と撮ったカメラの名を記入するだけ。これをRFボックスに収めておくというのが、今のところベストの保管法だと思っている。ところが、怪しからぬことに、フジはこのRFボックスの単体売りをやめてしまい、マウントシートとセットのものしか販売していない。ということは、これすらも在庫限りになるにきまっている。まあ、それはそれとして。

銀塩か、デジタルかという話については、もう自分なりに結論が出ている。銀塩である。第一に、気に入ったカメラがあれば、10年は使える。うまくすれば20年使える。大切にすれば30年使えるかもしれない。これだけ使えれば、「道具」といっていい。その意味でデジカメはまだ、写真を撮るためのアイテムや手段とはいえるけれど、「道具」といえるほどの完成はない。手になじんだ頃には、すっかり陳腐化してしまう流れに乗るのも癪である。トヨタの車を買わないのは、そういう商売が世界一上手だからだ。

もっとも、コンデジであれば、そんなにシャクだということもない。あれは家電として割り切ることすらできる。別にトースターの型が、半年で古くなったからといって怒る人はいない。一方、一眼レフカメラは、そうではない。あれは、パンさえ焼ければよいという割り切りをするには、愛おしすぎる形をしているのだ。

第二に、保存の問題。これはメディアとフォーマットの二点があるが、どちらも日進月歩、これで大丈夫というものは永遠に現れそうにない。FDが消え、ZIPが消え、MOも風前の灯で、そろそろCD-Rも使う人が減ってきた。今はDVD-Rが主流だけど、これもそう長くはない。「MOは壊れにくいので安全」という触れ込みだったが、実際には壊れまくった。CD-Rは20年もつという人もいれば、安全マージンは数年という人もいる。製法でもちがうので、ほんとのところはわからない。従って、良さそうなメディアが現れるたびに、そちらに移行することが必須になるのだが、メディアはそれでいいとしても、フォーマットはそうはいかない。

パソコン通信で初めて写真を見た時は、Q4というフォーマットだった。今、これを表示できるプログラムはあるにはあるけれど、もはやQ4自体、前世紀の遺物になった。それに、結局あれはニフティの地域文化に終わってしまったフォーマットだった。

その後、ほどなくJPEGの時代になり、最近はHDDの大容量化でTIFFが見直されたりしたけれど、この先、おそらくすぐに、画像劣化の少ない圧縮方式が普及するだろうから、JPEGで保存した写真のクオリティがもったいなくて仕方ない、なんてことが起こる。

元がフィルムであれば、デジタルフォーマットなんか、なんでもいいのだけど、デジタルの場合、すべての画像をRAWで撮って保存しておくことでもしなければ、クオリティは保てない。そのRAWも、メーカーごとにフォーマットは独立独歩で、完全に機種に依存しているので、変化への対応性は弱い。

保存サイズにしても、300万画素時代ですら「PCで扱うなら横幅1200pxもあれば十分。600でもいける」なんてことをいわれた。鵜呑みにして、600pxで保存していたら、モニタの高解像度化が進んで、相対的にちっちゃくなってしまった。プリンタの性能も良くなったので、L判で印刷できればよい、なんてことはもはや誰も言わない。

銀塩だと、まあ、ポジで20年も経てば多少退色はあるにしても、モノはモノとして残るので、なくなるとか、使えなくなるということはない。大事な写真なら、その時代のフォーマットでデジタルにバックアップしておくこともできる。今、家にある普及型のフィルムスキャナーでも、5328×3576で保存できる。画素数でいえば1900万画素だ。

ランニングコストでいえば、年間36枚撮りで50本撮るとして、費用は75000円。デジタルは実質タダだけど、レンズやメモリをそのまま残して、10万円のボディを2年で買い換えるとすれば、その差は縮まる。PCのメモリを補強したり、画像処理ソフトを買ったり、バッテリー代などの消耗品まで入れれば、さらに縮まる。まあ、趣味の世界であれば、無駄なお金というものは本来ないので、この点はどうでもいいのだけど。

結論としては、銀塩を主に、バックアップ用にデジタル化するというのが、今のところ、もっとも賢いように思うのだが、そう考える人がきわめて少数派であることは、昨今の状況からも明らか。コダクロームすらもなくなってしまった。

さて、コンパクトにこだわるのは、単に小さいからというだけで、たいした意味はない。ただ、いい単焦点レンズを使ったものは、たとえばEOS-1+Lレンズと絶対的なクオリティを比べても、いい勝負をする。持ち味ということでいえば、GR1にはGR1の、TC-1にはTC-1の明確な個性があって楽しい。

ネガかポジかということでは、ライトボックスでポジをルーペでのぞくのが、何よりも美しいと思っているのでポジ以外にはない。マウントかスリーブかという議論については、シャッターを押した順にきれいに並ぶので、ぼくのようなスナッパーにはスリーブの方がいい。つまらない写真ばかりでも、ただ時間軸に沿って並ぶだけで、思い出にはなるという利点がある。

そんなわけで、「銀塩・コンパクト・ポジ・スリーブ」なのだ。もっとも、実用上の要請で、近くデジタル一眼を買うことになりそうではあるのだけど、これを選ぶ時には、今までのカメラに対するものとは、別の価値観で選ばないと仕方ないかな、と思う。アコースティックギターとエレキギターが、全然ちがう楽器であるのと同じように(実際、ぼくはエレキをまったく弾けない)、成り立ちも用途もちがう種類のモノであるという風に割り切れば、まあ楽かなと思う。