自治会の班長が回ってきたので、初めての集まりというものに出てきた。

うちの団地は、ここ4~5年の間にばたばたと15軒ほどの家が建ち、そのうち13軒が自治会に入っている。とはいえ、新しいヨソモノ団地の常で、自治会というものが何なのかわかっていない人が多い。ぼくもよくわかっていない。

出席者は地元の公民館長、副館長、自治会の会計、老人会長といった役員の皆さんと、13人いる新任の班長さんたち。必然的に、役員さんたちによる予算などの説明を、新人班長が聞くという形になる。

それはいいのだけれど、募金についての説明で、いろいろ驚いた。そういえば、近所のおばあちゃんに近いおばちゃんが、「自治会からです」といって年に何度か募金を集めにやってきて、とにかくその人が気の毒でろくに説明も聞かないまま(説明はないんだけど)、いくらかのお金を払っていたのだけれど、この会議においても、使途や目的についての説明はない。

緑の募金、赤十字、赤い羽根に加えて「神武大祭」という項目があった。これは宮崎神宮という神社の秋祭りのためにお金を集めよ、ということなのだが、今時、こんな話が通るわけないじゃないか。ほかでは通っても、うちのヨソモノ団地では無理だ。一宗教法人の祭りのために、いくら任意団体とはいえ、自治会という半ば公の組織が、お金を集めてまわるのは異常だ。

それについて指摘すると、宇宙人を見るような目で見られた。事情に詳しい方から説明があったのだが、どうも自治会の連合会長という人が、祭りの奉賛会のようなところに集金を約束したことから話が始まったらしい。ぼくの目からみれば公私混同なのだが、昔の奉賛という考えからすると、特に違和感はないものであるらしい。

冗談ではないぞ。こちらは、自治会の仕事をするのにやぶさかではないが、きちんと説明のできないお金の集金なんかできるはずはないではないか。地元で何百年と歴史を刻んできた人たちには通る話でも、こちらはヨソモノなのだ。

それぞれ親から土地をもらったわけでもなく、働いて土地を買って家を建てて、これから歴史を刻もうという連中なのだ。自治会が何かすらわからない人も多い中で、神社のお金を集めてこいといって、そんな憲法違反みたいなことが通るわけはない。

それがこれまで通ってきたのは、要するに100円や200円のお金のために議論するのが面倒くさいということと、近所の手前ということだったのだろうが、ヨソモノに近所などないのだ。しかも、各募金には、「目安額」というものが設定されている。たとえば赤十字だと417円だそうだ。こういう数字は「市から回ってくる」のだそうだが、そんな虫のいい話があるかい。と、独立独歩のヨソモノは思うわけである。

ぼくが、このように強い違和感と危惧のようなものを抱いているのには理由があって、こういう昔ながらの思考停止的なあなあの運営をやっていては、この先増えていくヨソモノの支持は絶対に受けられないということだ。説明責任ということを知らないし、説明する方法も知らないようだ。

だんだん気の毒になってきたのだが、もっとまずいのは、わが団地で自治会の脱退が相次ぎそうな雰囲気がある中で、班長のぼくからして思考停止のバカの真似ができない性格であることだ。おそらく、ありのままを伝えてしまうにちがいない。人のお金を預かるのだから、それが責任だともいえる。

そうなると、さらに脱退が増え、今度は団地の中で自治会派と「自治会にも入らない人たち」との、なんともいえない空気が醸成されてくるにちがいない。何のための自治会なんだかわからなくなってしまう。

行政の都合のいい道具であるだけでなく、神社や赤十字にまで利用されている人のいいおじさんたちの集まりにつきあっている余裕は、無相続自力生存型のわれわれ団地族にはない。しばらく様子をみてみようと思うが、あかん時には、うちも脱退だなあと思う。