ケイン号の叛乱

『ケイン号の叛乱』(エドワード・ドミトリク監督/1954)。

スターチャンネルからHDD録画したものを、プロジェクター視聴。TVの525i、4:3の画面を80インチくらいに拡大すると、どうしても画質はよくないのだが、この映画、特に冒頭部分の画質が悪いように思った。まあ、それはそれとして。

偏執的で被害妄想で異常なほど猜疑心の強い艦長が、どんどん常軌を逸していくのに、士官たちが立ち向かうという図式は、ホーンブロワーシリーズにも出てきた。もっと前からあるのかもしれない。

この映画では、台風の最中に艦を沈没から救うために、副長が艦長から指揮権を奪い、艦を帰還させたことが反乱罪に問われる。アメリカ映画らしいリズム感があって、さくさく観られるいい映画だと思うが、主人公(?)の少尉の、恋人やママとのいろいろは、ちょっと邪魔だったな。あれ、なくても全然かまわないし、ない方が緊張感が維持できて面白かったかもしれない。

ところで、ぼくはハンフリー・ボガードという人を初めて観たのだが、なんと、この頭のおかしくなった艦長なのだった。複雑な気持ちだ(^_^;)。

映画の言葉。

『ありません』

軍事法廷で弁護士役のホセ・ファーラーが、検事側の鉄壁とも思える尋問への反対尋問を裁判長に問われて、幾度もそう繰り返す。かっこいい切り返しを期待していたこちらは、そのたびに裏切られる。

モノゴトの骨格だけしっかりつかんでおいて、目先のことにいちいち反応しない。そういう腰のすわり方、ことに当たっての男の処し方というものを学ぶ。この映画でもっとも雄弁に響いた言葉。