D-18GEきたる
というわけで、突発的にというのか、なしくずし的にというのか、マーティンD-18GEがわが家にやってきました。そもそも2005年3月にOOO-28ECを手に入れた時、狙っていたのはこのギターだったわけで、たまたま取り寄せてもらった個体とはソリが合わないようなところがあって、購入にはいたらなかったのですが、このギターへの関心というのは、その時からずっと続いていたもののようです。当時のいきさつについては、このあたりのログに。
で、今回、焼けぼっくいに火がついたというほどの盛り上がりがあったわけでもなく、内なる情熱をしつこく燃やし続けていたということでもなくて、昔からの知り合いが、なんだか気がついたら家に転がり込んでいるという、そんな塩梅でぼくの部屋にじっとたたずんでいるわけです。まあ、男と女のことですから、そういうこともあるのでしょう。
マーティンD-18についての、ぼくの印象というか憧れを書きます。
まず、1970年代を鹿児島の高校生として過ごした者にとって、マーチンのギターは憧れというほかはない楽器でした。当時、友人が40万円ほどのD-28を買いましたが、それはフォークにのめり込んでいた彼の、「おれは音楽でめしを食うのだ」という決意表明に他なりませんでした。大卒初任給が8万円ちょっとという時代。高校生ながら月賦を組んで、後戻りできないところに自分を追い込んだ彼の瞳は、めらめらと燃えていたものであります。
もう一人の友人はD-18でしたが、それは中学卒業時に「おれは高校に行かなくていいから、マーチンD-18とアルテックの604を買ってくれ。必ず自力で大検に通るから」と、親にねだって買ってもらったもので、その人はほんとに高校に行かず自宅で勉強をしていました。10代の半ばから後半を、学校の仲間とではなくマーチンと暮らすことを選んだのですから、15歳の少年の決意としては、半端ではないものがあります。
要するに、そのくらいのガツンとしたものがないことには、「いいよねえ」とはいえても「ほしい」とは口に出せないというような、そんな雰囲気すらあった楽器だったわけです。あの頃の鹿児島の、ぼくの周りでは。
で、D-18は、なんだか安っぽいマホガニーが目につくし、トップのバインディングも果てしなく地味で、当時の各メーカーのラインナップにおける一番安いギターにそっくりでした。もちろん、安いギターの方がエントリーモデルとしてD-18をコピーしたのですが、それが15000円としたら、D-28を模したサイド・バックがローズウッドのやつが25000円くらいして、しかもそのクラスはポジションマークがスノーフレイクなどの格好いいものがついていたりしました。D-18は、単なるドットです。
その、むしょうに安く見えて仕方ないギターの本家本元がマーチンD-18で、これはまあ、マーチンといえどもあまり肩身が広くはない、どうせ買うなら格好からいってもローズウッドが美しいD-28だろうと、われわれ少年たちは考えておったわけです。もちろん、音など聴いたことはありませなんだ。
ある日、1955年のD-18でブルースを弾いているソノシートが、雑誌のフロクについてきました。その甘やかで伸びのある音。ああ、これがギターの音。マーチンの音なんだと、目をうるませながらソノシートが破けそうになるまで聴きました。そして、ドク・ワトソンのあの音。さらに、ポール・サイモンが初期の頃、ずっとD-18を弾いていたということ。
こらもう、どうしたってマーチンはD-18ですばい。と、18歳のワタシは心に刻み、以来、今日に至ります。が、なかなかマーチンも甘くはなくて、あれから何十年の間に、何度か店頭で試奏してみても、どうしても「あの音」ではない。子細は長くなるので省きますが、要するに50年代の造りで、なおかつ数十年を経ないと出ない音というものがあるということです。それは当然のことながら、お店を駆けずりまわっても出会えるわけはない。
方法はただひとつ。70万円以上のお金を用意して、50年代のD-18を買うことです。お金だけではなく、半分は運を天にまかせる度胸も必要でしょう。
そんな状況の中で、そんな少年時代を過ごした者が、「マーチン社が1934年のD-18を復元した。その名もGOLDEN ERA、黄金時代だ。当時に近い材料を使い、音はスタンダードシリーズの比ではない。少量生産だが限定ではない。粘り強く探せば納得できるものが手に入りそうだ」なんて話を聞いてしまったら、どうしたらよいか。こらもう、西の方を向いてお釈迦様に手を合わせ、楽器屋に直行するよりほかないではありませぬか。
それが、2005年3月のことだったわけです。長くなりましたので、音については次回に。

コメント
フライの道具も時代ものとなると、モノとしてギターよりも深い世界がありそうですね。国内でもモノづくりの点からみると、やはり歴史の厚みのある土地に、いいものがあったような気がします。
ひとつの土地に堆積していく時間の流れが、狂気と紙一重みたいな世界を醸して、それを土壌に生まれてくる何ものかがあるのでしょう。それを文化と呼ぶのだとしたら、文化というのは、なかなかおとろしいものだと思います。
Posted by JUN at 2007年7月24日 22:37
そっち系の話はじぇんじぇんわかりません。・・が
何か伝わってきますよね。
昔の物を良く言う人を、懐古主義者・・なんて言いますが
贅沢に材料が使えた時代の物は、何にしても良い物が
多いですね。そのしっぺ返しは、後世に残された・・としても
良い物はやはりその時代の物が多いです。
フライのロッドやリールもその一つです。
イギリスがまだ力を持ってた時代のものは、善悪は別に
してもやはり良い物は多いです。
楽器のことは全く分りませんが、分るような気になるのは
JUNさんの文才も関係するのでしょうけど。(^^ゞ
Posted by サルモサラー at 2007年7月24日 15:32
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