2007年6月 7日

綾北川へ(2)

最後に自分でオトリを買って、川に入ったのがいつだったか思い出せない。とにかく、1992年から5年間ほどは、夢の中にいるみたいに年中、アユ、アユと言って暮らしていたのだが、ぱったりとやめてしまっていた。

もう鮎釣りは終わったんだなと覚悟を決めた時のことは覚えている。数年前の綾北川で、釣る鮎釣る鮎、冷水病の潰瘍が出来ていて、chapさんが「綾まで、こうなのか」と涙ぐんでいたのを見た時だった。ぼくも泣けて仕方なかった。

加えて、回復の兆しが見えない五ヶ瀬の惨状がある。放っておけば放流などしなくていいほどの天然遡上がある川であるのに、秋には大きなヤナを三つもこしらえて産卵で下る鮎を根こそぎ獲ってしまう。そのまた下流では、産卵のための瀬をブルドーザーで作っておいて、そこに集まる鮎を素掛けでどんどん獲ってしまう。

鮎が足りないものだから、湖産鮎を買って放流していたら、それが冷水病の菌をばらまいてしまった。もう湖産は使えないとなると、中間畜養した人工鮎を成魚放流する。当然、経費がかかるので、遊漁料は年間1万円になってしまった。ところがその人工鮎も、冷水病で川に居着かない。一度増水すれば流れてしまって、それきりだ。

そもそも成魚放流魚など、鮎ではない。鱗はざらざらで、鰭は小さく、香りもなく、焼いてみてもニジマスの方がまだなんぼかましだ。あれはかろうじて鮎の形をしているけれど、もはや別の魚だ。

延岡は、鮎のまちという看板を下ろした方がいい。少なくとも鮎に対する、川に対する敬意が感じられないところに、わざわざ遠くから出かけていくほど、鮎師は馬鹿ではないということを知るべきだと思う。あの瀬掛けと、三つのヤナを続けていくほどの川ではないということも。

ここ数年、鮎について見聞きすることは、なべてこの調子であって、解禁を待ちわびるわくわくした気持ちが、すぐに暗く悲しい話になってしまっていた。竿を置くより仕方なかった。

それでも6月6日、ぼくは綾北川へ向かっていた。オトリを3尾買い、年券を買って。その前日にはクーラーボックスと、オトリ缶と鮎ダモも新調して。

心境の変化というものは何もない。ただ、橋の上から見た綾南川の瀬に、ハミアトがついていた。あそこに竿を出してみようと、それだけのことだった。

11時から6時まで、川に浸かっていた。オトリは最初の一番いいやつを逃がしてしまったので、2尾しかなかったのだけど、それをだましだまし、7時間使った。そう、1尾も釣れてくれなかった。綾の川は、いざ流れに入ってみるといい石は少なく、鮎の影も見えず、時おり掛かるボウズハゼまで小さくなっていた。

その昔、「夏に逢いにゆく」という釣行記を書いたことを思い出していた。

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