落語>始まりは小染
何も東京の下町に生まれなくても、ニホンに暮らしております以上、落語というものをまったく知らないで育つことはできないわけであります。
世に漫才というものがあり、ドンキーカルテットという人たちがおり、ウクレレを弾いて面白いことを歌うおじさんがいたりすることを、少年のわたくしは「大正テレビ寄席」で学んだわけですが、同時に林家三平とか三遊亭円楽などという、なんか羽織を着て出てくる人たちがいることも、その頃から知っておりました。
その円楽さんにしても、知っているのは笑点の大喜利で桂歌丸さんと掛け合いをする姿だけでしたし、三平さんにいたっては、「どうもすみません」というものしか知らず、思えばこの人が落語を話す姿というのは見たことがない。似たもので、谷啓さんの「がちょーん」があり、要するにこういう人なんだろうと思っておりました。
手元にある音源でも、どうにか落語といえるのは地噺の「源平盛衰記」だけで、あとは漫談。この人、ほんとは落語をしゃべったことがほとんどないのではないか。にも関わらず、世間から人気一番の落語家だと認識されていたというのは、すごいことではないのか。なんてことに思いいたったのも、つい最近のことであります。
当然、志ん生や文楽には間に合わず、圓生をテレビで観ることもなかった身としては、落語家といえば円楽さんと三平さんだったわけで、まあ、当時のニホンの平均的な少年としては、こんなものだったのかもしれません。
それが、初めて「根多」というものを意識し、「噺」を聞いてすごいもんだなあと思ったのは、やや変則なのかもしれませんが、四代目林家小染の「うどん屋」でありました。たしかこちらが15かそこらでしたが、向こうも30そこそこの若手だったろうと思います。NHKラジオで流れていたものを、運良く録音しており、何度も何度も聞き返しました。
当時、ザ・パンダなどという上方の若手で組んだ四人のユニットで、「ヤングおーおー!」という番組に出ており、小太りの男が妙に地味な紺色のジャージを着て、すべったりころんだりしている姿しか印象になかったのですが、いざ噺を聞いてみると、これがいいのなんの。
冬の寒い夜に、酔っぱらいが屋台のうどん屋にからむという、ただそれだけの噺なのですが、その掛け合いの面白さ、上方のリズム感というものを、この噺で初めて経験して、なるほど若手でもこんなにすごいのか。上方落語はすごいと、ろくに東京落語を聞いたこともないままに思ったわけです。
惜しくも36歳で亡くなってしまったわけですが、私はこの人にホレてしまい、この「うどん屋」の音源を求めて、大阪は難波の「ワッハ上方(大阪府立上方演芸資料館)」のライブラリに出かけたこともあります。見つけた音源はテレビ放映のものだったようで、なんだかあっさりしていましたが、あのしーんとした小さなライブラリで、一人で時代を遡ったような感覚にひたっておりました。いい噺家になるはずだったのに、惜しいことでした。
小染さんを初めて聞いた少し後に、友人の部屋で三遊亭圓生の根多をまとめた文庫本を見つけ、読んでみるとこれが面白い。落語というよりも、江戸の香りが残る明治の風景に強くひかれたようなところがありました。
ほかの友人たちは、矢沢永吉の「成りあがり」だったり、ジッドの「田園交響楽」だったり、「秋吉久美子詩集」(^^;)だったりしたわけですが、あのフォーク、ロック、前衛、ノンポリ入り乱れる70年代半ばという時世に圓生なんぞは浮世離れしていいじゃないですかと、どこか若隠居な気分の15歳だったのでしょう。
それから圓生を何冊か読み、岡本綺堂の江戸ものを何冊か読み、さらに山下洋輔のエッセイ(80年代前半まで刊行されたものは全部読みました)で、「基礎教養としての古典落語」などという一文を読むにつけ、なるほど、ジャズとは落語なのだ。ジャズを聴く人が落語を知りませんではハナシにならんのだ。少なくとも彼らの宴会にまじることはできんのだ。と青少年にありがちな短絡を経て、今日に至っているのですが、そんな感じで、ぼくの場合、落語には活字から入っていったわけです。
江戸なるもの。江戸的なるものへの憧れ。これがずっと、ぼくを落語の世界にひきつけているのですが、おそらくは演り手の方も同じなのでしょう。そうでなきゃこの世界に入ってこないでしょうし、きちゃいけないんだろうと思います。落語愛というものがあるとすれば、江戸への思いが相当重要な位置を占めるのではないでしょうか。
聞き手と演り手が、同じ憧れを共有している世界というのは、なかなか素敵なもんではないかと思うこの頃でございます。

コメント
秋吉久美子でヒットしたかと思いましたが、志ん朝さんでしたか。そりゃ、志ん朝はようございます。あたしは、名高い「愛宕山」でいかれました。あの、幇間の一八と、下男の繁八の掛け合いにやられましてございます。
「おい、繁八さん。もうだいぶ登ったんだろうね」
「いえ、まだトバ口で」
「これで、トバ口かい。こりゃ、まるで戦いですよ、これは」
「ええ。鳥羽、クチミの戦いというやつで」
「お前さんね、旦那のお伴で芸人とばかりつきあってるからそういう。あのね。」
こういう語りのリズムというのは、ほんとにほれぼれしました。
Posted by JUN at 2007年2月 2日 15:17
同い年だから当たり前なんですけど、同世代ですねぇ。
偶然というか何というか、最近本屋で「よってたかって古今亭志ん朝」っていう本を見つけて読みました。
志ん朝とは矢来町で隣組だったことはどこかに書いたと思いますが、え~~、アタシはねぇ~・・・好きですね~(志ん朝風)。
映像記録もたくさん残っているだろうから、いずれDVDにならんもんかと思っていたのですが、遺族がOKを出さないそうです。
本は、まあ何と申しましょうかねぇ、それほど面白いというものでもございませんですが、最後に演目一覧がでておりまして、これだけ面白かったです。
Posted by しん at 2007年2月 2日 14:15
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