2006年10月 1日

ジャズとオーディオ

ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」を20年だか30年だかぶりに聴いてみて、その最初の音が出てきた時、「あっ」と思った。

音が「古い」のだ。高域が伸びず、音場感もない。音がスピーカーに張りついたように、かたまりになって出てくる。今のオーディオの理想からいうと、まったく逆だ。こんな音だったのかと。その代わりに中域がみっしり充実し、テナーサックスは、ごりごり、もりもり力感あふれる。そうだった。こんな音だったのだ。

ほぼ同時に、ゲルダー録音、ルディ・ヴァン・ゲルダーという人の名前を思い出した。ぼくらがあの頃聴いていたジャズの音のかなりのものは、録音技師ヴァン・ゲルダーがイメージし、作り出した音だったのだ。ジャズの録音は、オンマイクで、レベルいっぱいに録ることで、何よりも臨場感を出さなくてはならない。少なくともエンジニアは、最優先すべき選択肢としてそれを考えなくてはならない。というその後数十年続く常識を、事実上作り上げてしまった人、といえるのかもしれない。

というわけで、ジャズとオーディオという禁断の話になる。これは永遠のテーマなので、はるかな昔から世界中のあらゆる場所で、あらゆる人々によって、繰り返され蒸し返されてきて、最後には「もう、わからんやつにはわからんでいいのよ」的な投げやりな放り出され方を、主にオーディオマニア側からされてきた。語るもめんどくさい話なのだが、ゲルダーを思い出した以上はちと語らずにはいられない。

論点は主に二つある。

第一は、音楽を聴くのに、いい音で聴かなくてはならないとかいって、オーディオに情熱とお金をつぎこむのはバカのすることだ。そんなお金があるなら、ソフトをもっと買うべきだ。大体、オーディオファンは音を聴いているのであって、音楽というのは楽しめればそれでいいのだ。その証拠にオレなどはシスコンでもラジカセでも楽しいのだ。という非オーディオマニア側からの攻撃と、その反論。

これについては、投げやりにいうと「おっしゃる通り」ということになる。いい音で聴いていない人に、いい音で聴いている人の音楽の楽しみ方がわからないのは仕方ない。ラジカセで聴くことを悪くいうつもりもない。オレはラジカセじゃ聴かないけどね。というあたりが、まあ、普通の大人の態度だろう。

長岡鉄男くらいの過激派になると「おっしゃる通り」までは一緒なのだが、その後がすごい。「ほんとうのオーディオマニアは音を聴いて楽しむものであって、それは滝の音だろうが花火の音だろうが自衛隊の実弾演習の生録音だろうが、対象はその人の自由である。オーディオが音楽を楽しむための手段だなどと、誰が決めたのだ」ということになる。さすがにこういう境地に達したピュアオーディオファンは、多くはない。昔は多かった。

ややこしいのは、その中間に位置する人だ。これが一番多い。なぜなら、かつてオーディオファンはたいていジャズファンであった。ジャズをいい音で聴くために、オーディオを追求する人が多かった。70年代当時、「100万円オーディオ」という言葉があったが、これは軽い侮蔑の言葉であって、ほぼ年収に近いような金額の装置を揃えてようやく一息つくというものだった。

6畳間に映画館の音響システムの一部であるアルテックのA7を設置するなどは、ごく普通のことで(部屋は半分埋まる)、中にはJBLのパラゴンを入れて、その上に布団を敷いて寝ていたなどという伝説すらある(実際には凹凸があるので寝れないと思う)。ばかばかしいといえばばかばかしいのだが、真剣は真剣だ。この人たちの議論というのは、もう人生がかかっているので、非オーディオマニアもそのつもりで挑まなくてはならない。

さて、なぜジャズファンの多くは、いい音で聴きたいと願うのか。これが論点の第二になる。つまり、「オーディオは原音にはかなわないではないか。そういう最初から限界のあるものを、まして歪みだらけの音を、ああでもないこうでもないといじくりまわして喜んでいるのは、バカのすることだ」という指摘。

これについては、ジャズファンなら「オーディオの理想は必ずしも原音再生ではない」ということができる。ゲルダー録音が、それを証明しているからだ。現代の最新録音で録ったジャズは、音場感、定位、周波数レンジと申し分ないレベルだが、それが40年前の録音より優れているというわけではない。むしろジャズの本質が薄れたという指摘すらある。

たとえばテナーサックスの音は、生で聴くとゲルダー盤のように、ごつごつと硬質な感じではない。もっと柔らかな響きのあるものだ。そもそもドラムの音は、絶対に再生不可能。どんな装置を使おうと、似ても似つかない音しか、スピーカーからは出てこない。

どっちがいいかという話ではない。技術的な限界とのせめぎあいの中で、一人の録音技師が理想とした音というものがあって、レコードにはそれが刻まれている。それをどう再生したところで生音にはならない。生音にならないから音楽にならないかというと、そうではなくて、ゲルダー録音はあの時代のジャズの本質をとらえてしまっている。ある時期、ゲルダーの音がジャズの音だったのだ。オーディオはイメージであり、虚像である。あらゆる芸術と同じことなのだ。

ワタシなりの謙虚な結論としては、「いい装置で聴くジャズは、ラジカセよりも三倍楽しい」ということ。ほんとうは十倍くらい言いたいのだが、もっというとラジカセで聴くくらいならジャズなんか聴かないくらい言いたいのだが、そんなに気張ってみても仕方ない。

少なくともゲルダー録音と最新録音のちがいくらいは、はっきり出せる装置でないと、作り手が意図した音がわからないわけで、それを「いい」とか「よくない」とかの個人の感受性の話にしてしまうのは、ちと問題だと思いますがに。

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