ヤブレカブレの釣り
釣りというのは、ちょくちょくヤブレカブレな状況というものが出現する。
沖波止でいきなり雷雨に見舞われて、逃げ場がなく、しょうがないからそのまま濡れねずみになって釣りをしていたらチヌがかかり、タモの準備がなくて、えいやで抜き上げたら竿が折れてチヌも逃げて、雨でザバザバになった撒き餌を再度こねくりまわしながら海をにらみつけている、などという人がいたら、あまり声をかけない方がいいと思う。
増水したダムの崖にへばりついてカニのように横ばいで進んでいたら、目の前にへびが現れ、きゃあと叫んで逃げようとしたら足を滑らせ、草の根っこみたいなのをつかんで宙ぶらりんになっていたやつとか(おれだ)、10回に1尾ほども釣れないチヌが、やはりタモがない時にかぎってかかり、手づかみで取り押さえようとしてテトラで足を滑らせ、肩を脱臼したまま海に落ちて救急車を呼ばれたやつとか(これもおれだ)、その脱臼した肩を吊ったまま後日釣りをしていたら、またもやこういう時にかぎって大物のアタリがあり、あわてて竿をとろうとして折れた方の手をついてしまい、結局全治に1年半かかったやつとか(やっぱりおれだ)、鹿児島市の沿岸でボート釣りをしていて大隅半島まで流されたやつとか(これはおれではない)、いろいろいる。
釣り師というのはロマンを語ったり語らなかったりするものだが、語るのにも語らないのにも、それぞれに理由がある。最近は、うるさいほど、いろいろ語る人も多い。それはそれでいいのだが、釣りのロマンとかダンディズムとか美学などというのは、やはり家にいる時の話なのであって、ほんとの釣師がほんとの現場にいる時は、なかなかそういう話にはならない。
男は家を一歩出てしまえば、次の瞬間には何が起こるかわからない世界にいる。釣りをやっていると、そのことがよくわかる。ドアの外は危険と意外性に満ちているし、突発的にあらゆることが起きるし、また、それに対処するのも釣りのうちなのだろう。
寒風吹きすさぶ波止で何をしていようと人の勝手というものだが、まさかそのテトラの穴の中に風を避けるためにもぐりこんで、竿先を見つめている人がいようとは、なかなか思わない。寒いといって捨ててあった冷蔵庫の段ボールに穴をあけて首と手足を出し、ロボタンのようになって歩いていたら、犬に追いかけられたやつもいた。
いろんな釣りがあるけれど、手こぎのゴムボート釣りほど、見た目はのんき、実際は阿鼻叫喚という釣りは少ないのではないか。朝、浜から押し出す時には、たいてい波をかぶるから、ボートの中は水浸しになっている。宮崎のように外海に面した海では、これはもう最初から覚悟しなくてはならない。
そこへ逃げ出したキスが泳ぐ、ゴカイも泳ぐ。ひどい時にはコマセのアミエビまで漂い、そこに釣り人が座り込んでいるわけだが、狭くて身動きとれないから足の一カ所だけ、たとえばズボンのすそとサンダルの隙間に露出した右足首の内側約48平方センチ、なんてところが猛烈に日焼けしてやけどみたいになったりもする。沖を大型船が通れば、垂直に切り立った波がやってきて、そのたびに目をつぶって観念しなくてはならない。
それでなくても姿はぼろぼろだ。すそをまくりあげた甲斐もなくズボンは濡れてしわくちゃになり、夏だというのに着古した長袖のシャツ、オーソドックスな麦わら帽子をかぶってタオルを首に巻き、中にはさらにコーモリ傘をさしているのまでいる。昔、三遊亭金馬は、その上にゴザの古いのをかぶって日よけにしていたという。釣師=かっこいいなんて思うのはマスコミの勝手だが、ほんとの釣師のかっこよさがわかっているのかにい。
ポイントに着くまでに酔ってしまって海の真ん中でひっくり返って流されているやつがいた。岸から40分も漕いだ地点で、3人も乗ったゴムボートの空気が抜け、ボートが「く」の字になって助けを求めているやつもいた。彼女と一緒に釣りをしていて、彼女がトイレに行きたいというのを、釣りに夢中になって少し対応が遅れたがために、その子はとうとうバケツにしなくてはならなくなり、そのまま別れたやつもいた。福岡の恋の浦で春先の突風に吹かれて沖へ流され、漁船に助けられて、漁師に火の出るほど怒られたやつもいた。これもおれだ。
まだ九州で釣っている人はいい。東京のボート釣師に聞いたところでは、朝2時に出発して4時に現着、それから準備をして5時に出船。夕方4時まで釣って撤収に1時間、帰りは渋滞で4時間。死にそうになって帰ってきて魚をさばいてビールを一杯飲んだところで気を失って、起きたらせっかくの刺身がガビガビになっていて、体は翌日まで揺れている…。
こんな釣り、誰がやるんだと思いますな。

コメント
あららさん>
船から落ちるというの、意外と多いですね。流星号さんも、ぼくと一緒の時にシーガイア沖で宙返りして落ちたし、港で船に乗ろうとして隣の船に足をかけ、マタサキとなって落ちた人もいました。停船時はいいですけどエンジンがかかっている状態だと、もうあかんわけで、けっこうこわいですね。
Posted by JUN at 2006年6月23日 17:31
面白すぎます!・・・が
そんなに私などは苦労してません。きっと大将ならではなかろうかと・・・
私の場合は、港で船から落ちてメガネが吹っ飛び、携帯もゆらゆらと海に沈んでいくのを追いかける事もできず、服が水を吸って重すぎてなかなか這い上がれずパニックになったぐらいです。
Posted by あらら at 2006年6月23日 06:16
鵜住居さん>
釣りというのはたいてい釣れないし、難儀なことが多いものですね。うちの近所の港でも、今、このカンカン照りの中で一所懸命サビキで小アジを釣ってる人がゴマンと並んでいますけど、見ている間には一尾も釣れていませんでした。
関東でいえば、昔のホソのフナ釣りというのは、竿とビクを持って日に五里、六里と田の脇の水路を釣り歩いて、ようやくツ抜けするかしないかというものだったそうですが、これなどもやらない人からみると、何を馬鹿をやっているのかというような感じだったのかも。今、ちょっと憧れがありますけど。
Posted by JUN at 2006年6月22日 14:24
うーむ、名文ですね。往年のniftyの会議室にはこういう読ませる文章を書く人が沢山いましたね。
ちなみに、東京在住の僕の渓流釣りは、前日徹夜で長野まで車を走らせ、未明から16:00まで頑張って5匹ほど岩魚の顔を見た後、蕎麦でも食って腹ごしらえし、あとは中央道の渋滞を5時間ほど格闘し、自宅に着くのは日付が変わってからだったりする、こういう釣りです。
・・・・5匹というのは良い時で、たいていはボだったりします。
北海道から単身赴任していた西別川さんを、一度この釣りにお誘いしたのですが、二度目から来なくなりました(^^;
Posted by 鵜住居 at 2006年6月21日 22:42
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