2006年2月 6日

落語>鰍沢-金原亭馬生

TBSチャンネルの落語特選会から。圓朝作・鰍沢。

馬生の映像というのは初めて見た。ご存知志ん生の長男。志ん生の放埓も弟志ん朝の華もないけれど、渋みや粋で聴かせる芸。以前、「笠碁」を聴いてうなった。

この人は54歳で早死にをしてしまったが、あと10年も生きていれば、大名人にはならないにしても、さらに渋く円熟した達者な芸をみせてくれたにちがいない。いや、この鰍沢も結構なものだった。まだ50になるかどうかという頃だろうけれど、すっかり円熟している。

弟の志ん朝も早く亡くなってしまった。この二人、ほんとに惜しい。不摂生のかたまりみたいな親父だけ長生きをして、わりあい常識人らしき息子が若くしていくというのは。

さて、その鰍沢。明治の初めに史上最大の名人・圓朝が、三題噺として作ったものとされる。こんな大傑作を、20代前半くらいの若さで、しかも即興でこしらえた。「牡丹灯篭」も19歳くらいの作だったはずだ。三遊派にとっては避けて通れない噺なのだろうけど、圓生以外で聴いたことはなかった。圓生の鰍沢も、もちろん結構。

さて、馬生。ものすごい緊迫感。元花魁のお熊の凄み。三次元にも四次元にもなるような立体感とスピード感。にもかかわらず、どこかに空気穴を作っておくような軽み。これが芸ってもんだ。『ローレライ』、よく見ておきなさい。

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コメント

ビートたけしのオールナイトニッポンも、志ん生に良く似てました。
笠碁っていえば、ミノさんのハンドルって、これからとったって知ってました? 本人に直接聞いたので間違いないです。

しんさん>

ああ、志ん朝のご近所さんだったのですか。
映像を見ていて馬生、志ん朝の兄弟がいたらなあと、今さらに思いました。

滑稽噺の馬生は、志ん生の口調とそっくりな時がありますね。

僕は東京にいた頃、矢来町という街に住んでいました。
そう、志ん朝の住んでいた街。歩いて15秒ほどの距離の豪邸でした。
というのは関係ない話ですが、僕は馬生の初天神が好きでした。
お正月に落語の番組があると、よく演ってたんです。小学生位だと思うんですけど、良く覚えてます。リアルタイム。なんか不思議な記憶。

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